日常に変な空間を作って、自分の常識を超えてもらう。/堤聡さん(無人駅本店)
徳島県の無人駅「JR池谷駅」では、2023年から年2回、本屋のPOP UP(期間限定の出店)「無人駅本店」が開催されています。無人駅での本屋POP UPに興味を持って調べてみると、企画・運営をしているのは、関東に住む会社員の堤聡さんでした。なぜわざわざ徳島の無人駅で本屋POP UPをしているのか、JR四国とどのようにこの場を実現したのかなどを聞いてみたくて、また、どんな本屋なのか気になって、無人駅本店を訪れてみました。
——さっそくですが、堤さんは関東の鉄道会社で働かれているんですよね。どうして徳島の無人駅「池谷駅」での不定期イベントとして本屋を?
この駅のすぐ近くに祖父の家があり、幼い頃からこの辺りには何度も訪れていました。農家として働く祖父の背中を見て、農家の課題解決を目指して農学部に進学したものの、公務員試験に落ちたり、いろいろな理由が重なったりして、就職では別の道を探すことに。子供の頃から好きだったものを考えてみると、そうだ電車が好きだったじゃないかと思い出し、関東の鉄道会社に就職しました。
職場の同僚は、地方の高校を卒業後、そのまま就職してきた人ばかりです。彼らとこの会社に就職した理由などを会話していたら、先生に勧められたから、高校に求人票があったからなど、能動的な理由を語る人がほとんどいなかったことに驚きました。高校卒業後の就職では、自己分析や複数企業の比較検討、同時選考などのいわゆる「就活」をする人はあまりいないのだと、その時初めて知ったんです。
経理、CADなどのスキルやクリエイティブなセンスのある人たちが、得意な分野とは違う仕事をしているのはなぜだろう。入社してから仕事とのミスマッチに悩む人を見て、「就職を検討するタイミングにもっといろんな選択肢や考え方を知っていたら、違う選択をしたのかもしれない」と思うようになって。それは、池谷駅を使って高校に通う学生たちの姿とも重なりました。自分にできることはないだろうかと考えた時に浮かんだのが、本でした。
——地方の高校生が将来を考える際の一助として、本が何かしらのいい影響になるのではと?
そうですね。私にとって、本はメンターのようなもの。本は、さまざまな生き方、考え方、問いを与えてくれる存在であり、何かを押し付けてくるようなことはありません。僕は、 少なくとも自分で決めたことは頑張れる。自分で気づく、考える、選ぶ、決めるっていう過程が重要だとも思っています。本が媒介になって進路を考えたり、決断したりと、何かしら役立てるのではないかと。それを子供の頃から知っているこの場所、高校生たちが通学で使う池谷駅でやってみたい——そんな思いつきが、最初の始まりでした。
——実現するにあたって、何から始めて、どうやって進めていったのですか?
準備を始めたのは、2017年頃です。本に関して素人の私がJR四国さんにいきなり企画書を出しても難しいだろうと考え、まずは修業、学びになることをやってみることにしました。知人のツテで長野県の駅と電車内で開催する古本市のスタッフをやったり、一箱古本市に出店するようになったり。2018年には一箱古本市での収益性を検討するため、東京圏で一箱古本市への出店を積極的に行い、選書や値付け、オペレーションなどを身につけていきました。
——何が一番大事な学びになりましたか?
選書と値付けの掛け合わせでしょうか。どちらも収益性に直結する重要な要素です。一箱古本市では、自分で網羅的に本を揃えなくても、他の出店者さん含めた全体を一つの本屋さんと考えれば、来場したお客さんの満足度は高い。なので、自分なりに突き抜けた選書をするようになりました。一年で選書と値付けの力がつき、収益性を確保できるようになりました。
次のステップとして、四国の本屋さんや一箱古本市の活動をしている地域のプレイヤーと知り合おうと、四国の一箱古本市で出店するようになり、さまざまな出会いがありました。四国エリアでの出店で驚いたのは、高松や松山でも、人口が多いはずの東京圏と売上が変わらなかったことです。
2018年から2019年は一箱古本市のイベント出店に加え、飲食店のブックイベントを任されるなど、一人でその場に合わせた本を考える機会にも恵まれました。会社勤めをしながらなので年に数回ですが、新刊を仕入れられるようにしたり、古物商許可を取得したりしながらコンスタントに本に関する活動を続けていきました。
——自分だけが出店するようなケースでは、どんなことに注力していましたか?
間口は広く、いろんなジャンルを揃え、「ここでしか出会えない」と感じてもらえるような本も混ぜていくことです。気軽に読みたい人向けに映画化された小説を入れたり、立ち止まってもらうためにちょっと変わった本を入れたり、学生でも手に取りやすい金額の面白いZINEを入れたり。その空間に合わせてジャンルを考えることもありました。その経験が、単独出店のベースになっていますね。
——2017年からの「修業期間」を経て、JR四国への提案は、いつ頃から?
自分なりにそろそろと思えた、2019年5月です。鉄道関係のいろいろな知人に聞くのを繰り返し、人づてになんとか紹介していただいたのが最初です。無人駅・池谷駅での本屋出店の企画書には、大きく三つのポイントとして、地元の高校生に新たな価値観や仕事観を知ってもらうきっかけづくり、鉄道の利用促進、無人駅を活用した地域の賑わいづくりを打ち出しました。
無事JR四国さんから具体的に検討しましょうという声をいただけて、夏には駅の図面をお借りしてどこをどう使うのか、実施検討のやり取りが始まり、現地確認含めさまざまな調整を進めました。2020年3月には、駅待合室を活かしてミニマムに、まずはイベントとしてやってみようという話にまとまりました。
せっかく話がまとまったのですぐにでも開催したかったのですが、新型コロナによる緊急事態宣言でしばらくは実施できなくなってしまって。約3年後の2023年、そろそろ開催できるのではと再びコンタクトを取りました。もう一度駅を内見し、駅舎の外でやる想定で設営のイメージを具体的に説明したのが2023年4月。JR四国さん側の調整が完了してから二週間後、5月26日に初回を開催しました。
——決定から、ずいぶん短期間での開催だったのですね。
すぐにできなかったら貴重なチャンスを逃すかもしれないし、またコロナなどで延期になるかもしれないですからね。イベント空間を作る場数は踏んで、やれるとなったらいつでもできるようにしていたし、近隣の町内会の方にも温かい声をかけていただけたので、出店自体は案外スムーズでした。承諾から開催までは早かったですが、提案までに数年かけるなど、怖がって石橋を叩きすぎました。もっと短期間で実現することもできたとは思います。ただ、個人店での単発出店とはまた違った公共性の高い場所なので、自分の経験値を上げたうえで、丁寧に準備を進めたいという思いもありました。
——無人駅での出店に関して、集客への不安は?
実は、徳島や四国の人たちからは、「松山や高松なら上手くいくだろうけど、徳島で文化的なことをやるのは無理だ」と脅かされていました。でも、実際は全くそんなことはありません。本が好きな人は絶対にいて、そういった人が10人、20人と訪れてくれます。店舗を作るわけでも、地域の大きなイベントでもないので、十分だと考えています。
準備期間中に、徳島ですごく印象的だった出来事がありました。おそらく徳島県で初めての本格的な古本市だった「うだつのあがる古本市」(2022)に出店した際、お客さんに「この本を徳島で手に取れるとは思ってなかった、うれしい」と喜んでもらえて。個人出版の新刊本やZINEは、当時徳島ではあまり流通していなかったんですね。その時の経験で、ちゃんとやらなくちゃっていう思いがより強くなりました。
——それは、どうして?
「徳島では実物を見られないから、神戸に行って買う」といった感覚を超えるというか、ちょっとしたことでも諦めなくてもいい、徳島でもできるって、こんな小さな出店規模でも気持ちの変化を起こせることが面白くて。こういうところにも、都心ではなく徳島でやる意義を感じています。
物流とか、お店がないとか、子供も大人も当たり前のように諦めていることって、徳島に限らずきっといろいろあると思うんです。無人駅にPOP UPの本屋みたいな変な空間や普段見かけないような本が突然現れることで、自分の中の常識を超えてもらう。近所でも買えるんだとか、こんな小さいスタイルで駅を借りてもいいんだとか、日常の通学途中にある無人駅が異空間になるとか。変な人がいて、やろうと思えばできる、それが目に見えるってことが大事だと思うんです。
——言葉にせずともアクションで思いが伝わり、それが次の誰かや何かに波及していきそうですね。ところで、この「無人駅本店」の発端は地方の高校生に向けたアクションでしたが、どんな選書を?
通学時にぱっと目に入りそうなキャッチ―なもの、装丁が独特なもの、進学先を決めるときにヒントになりそうな特殊な仕事にまつわるものを選んでいます。学生さんに「変わっているけど、こういうのもいいんだ」って思ってもらえそうな見た目の本や、そんな働き方に関する本をなるべく多めに入れています。他には、徳島だと手に入りにくい出版社の新刊やおすすめのZINEも持ってきています。
——例えば、どんなものがありますか?
カラスの研究、インタビュー、渋滞学、食欲をそそる語感のマーケティング本や、詩集などさまざまです。人の生き方はいろいろで、間違った生き方はない。学校や親御さんに理解されなくても、自分がいいと思ったものを見つけ、将来へのヒントになればと選んでいます。
——「無人駅本店」は2023年から今回で3回目の開催ですが、今感じていることは?
半年に二日間だけ開催する小さな場所をめがけて来ていただけることが、まずうれしいです。本が好きなんだな、と感じるようなお客さんが多くて、選書の励みになりますね。小さなお子さんを連れて毎回来てくれるようになったお母さんは、いつも絵本をたっぷり買っていかれます。全力で本を見に来てくれるので、私も全力で本を出す、そんな関係性になっていると感じています。
——取材中ちょうどいらしていた方ですね。売れ筋とはまた違う面白い本、徳島市内の大型書店では出会えない本があって楽しい、絵本への熱量も感じると話されていました。
そのお客さんの顔を浮かべて選んだ本たちもあるので、あれだけ選んでもらえると心の中でガッツポーズしちゃうし、お互い「しめしめ」って思っているようなこの感じがいいなあと。他にも毎回来てくれる大学生の顔を浮かべて雑誌をいれてみようとか、お店という形でさぐりさぐり提案できるのは面白いです。お客さんの数が限られているからこそ、そういう楽しみも生まれています。
——具体的な顔を浮かべて選んだ本は、必ず売れますか?
いや、思いっきり外すときもあります(苦笑)。なんにせよ、1回やっただけではわからないものがありますね。2、3回やって定期的に来てもらえるようになって、なんとなく好みがわかって……だから、続けていくほど新たな発見があって、これからもどんな面白いことが起こるのか、楽しみなんですよ。
——今回、新しいお客さんはどんな感じでしたか?
初めて来てくれた中高生の親子連れのお客さんに話を聞くと、お子さんが行きたがって一緒に来たと話してくれて。「行きたい」気持ちがあっても、実際に行くには恥ずかしさとか、移動とか、きっといろんなハードルがある中、自分で意思決定して行動する貴重な姿を見られるのはうれしいですし、やっていて楽しい瞬間でもあります。
列車に乗る為たまたまこの場に遭遇し、乗車まで数分しかなかったのにさっと本を見てくれた方もいました。詩のZINEなど何冊かを短時間で購入してくれ、急いで列車に乗っていかれたのが印象的でした。地元の方の日常に偶然この場がある、その自然な感じがうれしかったです。続けていくことで、新たな出会いも重なっていけばいいですね。
——今感じている課題はありますか?
毎週同じ日時での開催や、一か月間ずっと開催することによってその場やアクションが周囲に認識される、というのは場づくりの鉄則といわれています。アプローチしたい高校生にとっては、「半年に一回変な人がいる」止まりかもしれないのでもっと頻度を上げたいものの、関東の会社に勤めているし、空調がなく夏や冬の開催は難しいのが現実。品揃えももっと増やしたいし、この場所も毎年何かしらアップデートしていきたいので、仲間を増やしていきたいですね。そう思っていたら、少しずついい出会いが生まれているところでもあります。
これだと思って何かをやっていると、それが好きな人が集まったり、一緒にたくらむ仲間と出会えたりするようになって。屋台を共有して出店時だけ使ってみない?とか、コーヒー出してみたいとか、こういうことやりたかったんですと声を掛けてもらうことがあります。それぞれが自分の得意を発揮したり、好きなことやったり、協力したし合ったりできるかもしれないと考え始めているところで、こんな出会いがあるとは想像していなかったですね。なんなら開始前は、誰もこないかもしれないなーなんて思っていました(苦笑)。何か一緒にやりたいという方がいれば、ぜひ声を掛けてもらいたいです。
——どっしり場を構えずとも小さく始め、そこから次の何かが動き出していく予感がしますね。その軽やかさを知っていれば、自分にも何かできるかもしれないと思えてきます。
スタートは簡易的でいいんだと、改めて実証できた感覚もあります。準備に時間は掛けましたが、この空間でぽんとやるだけで人と出会っていく場を作れたのは大きな収穫の一つ。また、敷居が低いので真似しやすいんじゃないかと。学生、転勤で徳島に来た人など、予算を作るのが厳しいから、長期的に携われないからと地域に参入できない人はいると思います。徳島に骨を埋めると言わなくても、ちょっとのスペースでも、趣味の発展でも地域にアクションできる、それを一つ提示できていればうれしいです。
——堤さんは他にも、本棚を背負って歩く「歩く本棚」や知人限定で自宅を私設図書館として解放する「人んち図書館」など本にまつわる活動をされていますね。それぞれの位置づけは?
メインは池谷での無人駅本店で、それ以外は全部副産物です。無人駅本店をやるために本がたっぷりあり、それを運ぶついでに本を背負って歩き始めたら面白がってもらえて、知り合いも増えました。「人んち図書館」も同様に、たくさんある本をただ保管していたらつまらないし、将来的に駅舎をリノベーションしたい野望もあるので、内装施工の練習も兼ねて自宅アパートを図書館風にDIYしました。
——なんだか合理的ですね。無人駅本店含め、共通点はありますか?
あるものを活かして、できることから小さな予算でスタートでき、一度始めれば無理なく継続できることでしょうか。池谷駅でも賃料はお支払いしていますが、大きな予算は必要ありません。これって大事なことですよね。ちゃんと店舗を構えた方が地域にとってもいいのかもしれないけど、初期費用のハードルも、経営の不安もあります。今は失敗してもいい規模感でやってみたり、角度を変えていろいろ試したりできるようにしています。
——無人駅本店でお客さんが来ない時は、どうしています?
持ってきた椅子に座って、ぼーっとしています。実はこの時間がなかなか良くて。たまに列車が来て、人の乗降があって、列車が発車すれば静かになり、抜ける風が気持ちいい。大学時代に目を向けていた畑や田んぼが線路の向こう側に広がっている、この景色も好きです。一人で過ごしていてもピクニックみたいで、お客さんが来ない時間もいい感じなんです。ひっきりなしにお客さんがきたらうれしい悲鳴ですが、そんなに来られてものんびりできなくて困るのかもしれません(笑)。
無人駅本店を始める前、人に相談すると「無人駅で本って寂しいし、絶対きつくなるよ、やらないほうがいいよ」って言われたこともあったんですが、そもそも列車が好きで、眺めているだけで穏やかな気持ちになります。お客さん来ないなあってぼーっと待っている時間も楽しくて、それは私が列車や駅が好きだから。船が好きな人は港でできるんじゃないかな。たとえお客さんが来なくても、好きな場所だったらいい時間になると思いますよ。
(協力:四国旅客鉄道株式会社)
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堤聡
1990年、東京都生まれ。関東で会社員として働く傍ら、2023年より徳島県の無人駅「池谷駅」にて年2回、本屋POP UPとして「無人駅本店」を開催している。池谷駅近くには祖父が暮らしていて、幼い頃から何度も訪れていた。他にも本棚を背負って歩く「歩く本棚」、自宅アパートを私設図書館として知人に開く「人んち図書館」など、本にまつわる活動を行っている。
池谷駅での無人駅本店次回の開催は、2024年11月を予定。詳細決定次第、Instagramにて告知予定です。無人駅本店 Instagram
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