人それぞれ。私もそうだし、理解したい。/瀧下泉さん

ー高松市・染色職人 瀧下泉さんー

LGBTQとはセクシャルマイノリティを表す言葉であり、性の多様性、性の自由を守ろうとする文化を表す言葉でもあります。出会ってすぐに、「私、バイセクシャルなんよね、彼女がいるの」と話してくれた瀧下さんは、ボランティアでLGBTQ関連のイベントお手伝いをしているという。彼女の周りには、いつもありのままの自分でいられる空気感があって、なんだか心地いい。彼女のLGBTQ活動と、活動に対する考えについてお聞きしました。

ーーLGBTQに関する活動について教えてください。

団体には所属せず、スタッフが足りない時にいろいろなイベントを手伝っています。LGBTQの活動って多様な考えの人がいて、表立って活動する人も、そっとしておいてほしい人もいるんです。その間で柔軟に動けるような、さまざまなスタンスの人を繋げられる立場でいたいですね。団体の会にも、当事者だけど団体に所属してない人の交流会にも参加するようにしています。

ーー当事者以外にもさまざまな考えの人がいますよね。

2019年に開催した丸亀レインボーパレードでスタッフとして参加した際、「アライ」(LGBTQを理解・支援する存在)のボランティアがたくさんいることに驚きました。その反面、ニュースになると批判的なコメントがつくことがありますが、それも妥当だと思っています。「批判しないでほしい」と言うのは私には向いていなくて。いろんな意見は聞きたいし、それぞれの考え方を理解したいと思っています。

四国で初めてのレインボーパレードとなった「丸亀レインボーパレード」(瀧下さん提供)

ーーそう考えるようになったきっかけはありますか?

男友達から「銭湯で男性から告白されて、LGBTQに苦手意識を持っている」と聞いたときに、なんらかのトラウマを抱えてそう思う人もいるんだ、と気付いて。自分以外の考えも理解したいと思うようになりました。

ーーLGBTQに関する活動はいつから?

高校まで地元徳島にいて、当時はレズビアンでした。携帯もネット環境も無く、当事者同士の交流も、出会いもなかったです。大学進学で京都に引っ越して、ネットのLGBTQコミュニティで当事者の友人ができて。京都にはLGBTQ向けのバーやサークルが沢山あって、自分でも「LGBTQの人、飲もう!」って大学でチラシを貼ったら、同じサークルの子が来てくれたり。都会では交流するのが簡単なので、それだけのために地方を出る人もいましたね。私は地元に戻りたいと思っていたので、大学4年生の終わりから地元徳島でも交流会を始めました。

ーー徳島ではどんな交流の場を作ったんですか?

徳島らしくラフティングや、バーベキューなどのアクティビティ的な交流会を開催しました。交流会って大体セクシャリティとセットで自己紹介をするんだけど、そこまで言わなくてもいい場にしました。名前だけ言って、今から川下りするぞーって遊ぶくらいの方が、自然と仲良くなれるんですよね。今は新型コロナで開催できないけれど、収束したら再開したいな。

交流会やイベントスタッフをしていると、当事者から「そっとしておいてほしい」「田舎でやらないでほしい」と言われることもあります。そういう意見もあるんだな、とそのまま受け止めていたいですね。それぞれ考え方は違っても、同じ仲間だし、いろんな人がいていいと思っています。

ーー香川でLGBTQのイベントを手伝うようになったきっかけは?

高松に引っ越した後、2017年に「LGBTと働くを考える」という講演イベントに行ってプラウド香川というLGBTQを中心にした団体を知りました。親しくなったプラウド香川の人から「OUT IN JAPAN SETOUCHIを開催する」と聞いて、ずっと参加したいと思っていたイベントが香川に来る!ってお手伝いに行ったのが最初です。注目度の高いイベントで、多くの人にLGBTQについて知ってもらえたし、私もレスリー・キーに撮影して貰えました!(瀧下さんの写真とメッセージはこちら

OUT IN JAPAN SETOUCHI開催当時のことでんラッピング電車にて(瀧下さん提供)

ーーOUT IN JAPANにモデルとして参加したのは、どんな思いで?

望まないカミングアウトがあったことを伝えたかったのと、その為にはカミングアウトが「普通のこと」になってほしい、という思いがありました。私のカミングアウトは望む形ではありませんでした。元彼女からDVを受けて、警察に行くのにカミングアウトが必要だったんです。脅しの材料にされたくなくて、親にもカミングアウトする必要がありました。

警察で調書を書いてもらうのに、女子同士だからややこしくなったりしましたね。被害者と加害者の名前欄を間違えたり……。DVでしんどい思いして相談に行ったのに、調書を書いてもらうことでよりしんどくなって。LGBTQが当たり前の社会になれば、そういったケアが当たり前になるだろうし、声を上げやすい環境になると思っています。DV相談ができる機関が「女性センター」という名前なのも違和感がありました。性別を前に置く理由ってなんなんだろう。困っている人に社会が優しくあってほしいから、声を上げることが大事だと考えています。

今お付き合いしている彼女は活動家じゃないから、自分とは違う意見を聞けるのが興味深いですね。彼女はカミングアウトに関して、「ほっといてくれ派」って言うんです。できるかどうか、するかどうかの選択肢だと思いがちだけど、それだけじゃない、って新発見でしたね。

ーー恋愛はするけど恋愛話が苦手、のように人それぞれなんですね。職場でもオープンにしている?

してますね。会社も、周りも認めてくれています。女性には「彼氏は?」って聞くと思うんですけど、その表現がもっとフラットなものになったらいいですよね。「彼氏いるの?」って聞かれたら、気軽に「自分はバイセクシャルで、彼女がいます」って話しちゃいます。TVの中だけじゃない、地方にもいて、さらっと言う人がいるんだってことを経験してほしくて。自分の身近にもいるんだって気付いてもらえたら、うれしいです。

瀧下 泉
1991年徳島県生まれ、高松市在住。染色職人。大学進学で京都へ。芸術大学では版画を専攻。現在は高松で染色職人として一枚ずつ生地を染めている。芸大での勉強を生かし、デザインを担当することも。田舎が好き。海に憧れて小豆島へ移住したことも。日本酒好きで、地元徳島で毎年開催される四国酒祭りでは燗コーナーでお手伝い。2020年4月から高松市でも導入されたパートナーシップ宣誓をする予定。

編集後記
長い付き合いの友人からゲイなんだ、とカミングアウトされたとき、私には打ち明けにくかった、と言われたことがあります。付き合いは長いし、自分にとってLGBTQは身近だったけど、彼のことをストレートだと思い込んでいた私。無意識に自分の当たり前をもって会話していただろし、その中で知らずに傷つけたんだと思うと、心苦しかった。価値観はグラデーション、自分自身にもはっきりしないことは沢山ある。色の境目のあいまいさに気付けたら、もう少し、自分も、社会もやさしくなるのかもしれません。

瀬戸内通信社 編集長/ライター、コピーライター:愛知県出身。12年ほど東京で暮らし、2016年に小豆島、2019年に香川県高松市へと移り住む。豊島美術館、李禹煥美術館が好き。

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