地方で演劇を続ける、その答えをつくっていく
香川で演劇活動を続けている桐子カヲルさんと出会ったのは、ダンスのイベント。それぞれがソロでパフォーマンスをする中、桐子さんは白塗りで舞踏を披露していて、こんな人が香川にいるんだと驚いた。よくよく聞いてみると、メインでやっているのは「現代演劇」と呼ばれるもので、香川で10年以上活動していると言う。そんな桐子さんに地方で演劇を続けることについて、3月末に迫る自主公演『ペンブラ/Penumbra』について、話を聞いてみました。
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——桐子さんが演劇を始めたのは?
大阪の大学で演劇部に入ったのが最初でした。卒業後は東京で就職し、その3年後には大阪に戻って、事務の仕事をしながらずっと演劇活動をしていました。2013年に香川に戻ってからはしばらく演劇活動を休んでいましたが、2016年に瀬戸内国際芸術祭での屋外パフォーマンス『讃岐の晩餐会』出演をきっかけに、活動を再開しました。ここで香川の俳優やダンサーと出会うことができ、彼らとカフェや本屋でのパフォーマンスを作っていくようになります。今は約半分が事務の仕事、残り半分は演劇や表現を軸にしたワークショップなどの仕事をしながら、演劇の活動をしています。
——桐子さんは、俳優や舞台作家などの表現者としての活動のほか、絵本の読み聞かせの講師、ぬいぐるみ作りのワークショップなどさまざまな活動をしていますが、「何をしている人」ですか?
舞台を作る人、かな。舞台って劇場に限らない「場」なんだと思います。戯曲の音読会やぬいぐるみ作りのワークショップもその一つ。人が集まるために自分にできることを提供して、楽しんでもらえる時間を作るっていう意味では舞台なんです。私はとにかく演劇が好きで、なんで演劇ってこんなにもみんなに嫌われているんだろう、なんで日常的じゃないんだろうってずっと思っていて。あらゆる活動は「演劇に出会ってもらう」「演劇を好きになってもらう」ためのきっかけ作りの意図もあります。
——演劇が嫌われている?
「知られていない」の方が近いかもしれない。私のやっている演劇は現代演劇と呼ばれるジャンルの一つで、セリフに頼らないパフォーマンス主体の演劇です。エンタメ作品や台本があってそれを演じるような、一般的にイメージする演劇とは少し違うんですよね。大阪時代は現代演劇が好きな人たちに囲まれていたので、興味がない人のことを考えずとも、大好きな演劇の中で生きていけました。
ところが13年前香川に戻ると、演劇をやっている人はいたけれど、私と同じような現代演劇をやっている人が全然いなかったんです。やっている人がいないから、当然見る人も好きな人もなかなかいない。なので香川で自分の目指す演劇活動をするなら自分で企画からやるしかないし、現代演劇に興味がない人にも足を運んでもらえる企画を考える必要があった。そうして2016年からカフェや本屋といった日常的な空間で、その場に合ったテーマで現代演劇を展開するようになりました。本屋なら『モモ』で知られるミヒャエル・エンデにちなんだ作品を作ったり。

自分が活動していくことで、香川という地で誰かと演劇を繋いでいくことができると思っていたし、私自身が求めていた仲間に出会えるようにもなりました。香川に帰ってから最初の3年は、演劇をやっている人や好きな人って、どこにいるの?って感じで、あちこちに足を運んでは探していたんです。今思えばですが、そういうモヤモヤした時期があったから「自分がやらなきゃ始まらない」って感じで動きだせたのかもしれません。
——桐子さんは固定のチームを組まずに一人で活動し、企画ごとにさまざまな出演者やスタッフが関わっていますね。どうやって仲間を見つけてきましたか?
会う回数がちょっとずつ重なっていって、徐々に距離を縮めていくことが多いです。香川で舞台芸術やワークショップに顔を出せば、自然と合わせる顔があって。同じ体験をした人と気が合って、何かやるときにぱっと顔が浮かんだり。いいなと思ったら唐突に話しかけて「惚れました」って言っちゃうのもあるかも(笑)。作品や人に惚れちゃう感覚は大事にしたいし、その気持ちは伝えていますね。
私自身はとても臆病な人間で、心を開く、つまり相手を信頼するのに時間がかかる方だとは思います。触角のような繊細なセンサーがあって「この人だったら大丈夫」っていう感覚がつかめたら、一気にオープンマインドになることもあります。今回出演してくれるダンサーの三木優希さんとは2016年の『讃岐の晩餐会』以来の長い付き合いで、俳優の米谷よう子さんは岡山で主宰されているワークショップに何度も参加したところからご縁が繋がっています。
——2026年3月29日の舞台『ペンブラ/Penumbra』は3作品で構成されていますね。三木さんによるダンス作品『ε-δ definition of limit』、みにくいアヒルの子を基にした桐子さんの一人芝居『The Ugly Duckling』、そして今回新たに作るのが三木さん・米谷さん出演、桐子さん演出の『人形の家 -Prototype』。
三つ目の『人形の家 -Prototype』はワークインプログレス公演といって、一定の段階まで完成した作品を公開し、観客の反応を反映しながら作品を作り上げていく手法をとっています。つまり、その作品が本当に完成するのは今回の公演の後。完全に完成された舞台とはまた別の、「完成に向かっていく創造性」を味わうことができるのが、ワークインプログレスの魅力です。予定はまだ決まっていませんが、今回の公演を経て、1時間以上の完成形の公演もやりたいと思っています。
——「完成形じゃないの?」と思ってしまいそうですが、制作過程だからこそ見える演者のチャレンジ、その日その時に生まれる偶発性も面白そうですね。
決められた流れや枠はありますが、その枠の中で出演者がどう観客と向き合ってその場に対応しながら化学反応を起こしていくのか。そのせめぎ合いを見てもらいたいと思っています。

——どうしてワークインプログレスという形に?
いくつかの思いが重なっています。まず、香川で制作に興味がある人に何らか関わる機会を提供できればという思いと、制作過程をオープンにすることで、見た人の当事者性が宿るのではないかという期待がありました。
また、限られた日数しか出演者が揃わないことがわかっていたので、その中でできるチャレンジを考えてというのも大きいです。今回のようなぎゅっとした稽古、かつワークインプログレスという挑戦は、信頼関係のある米谷さん、三木さんとだからできることでもあります。
そして一番は、数字や成果などの結果ではなく、普段光があたりにくい「過程」に重きを置き、その面白さを見せたいと考えたからです。
——そう思ったきっかけはありますか?
うーん……、大好きな演劇をやるにあたって、実績や結果を求められていると感じてきたから、ですね。私は外国語大学を出た後、正社員として働きながら大阪や東京で約10年俳優として演劇活動をしていました。その後香川にUターンし、事務の仕事をしながら今度は舞台を作る側として助成の申請もしてきましたが、求められるのは過去の実績や成果。それまで出演側だったので制作の実績はほとんどなく、これから始めようと思ってもなかなか取れる助成がなかったんです。
——今回は助成を受けずに自主公演という形を取っていますね。公演の予算的なことはどのように考えていますか?
もう10年前になりますが、香川で最初にやった作品の後、出演者の一人から「出演者にボランティアで参加してもらうのは良くないよ」って指摘してもらったことがあって。それまで自分は出演側しか経験がなくてお金の流れをわかっておらず、かつ大阪で出演していた際は主宰者が自腹で公演していたのでみんなギャラもなく、そういうものだと思っていたんです。でも、主宰するなら自分でプロジェクトや企画全体の収支も考えなくちゃいけない。そんな風に価値観が大きく変わる指摘をもらえて、とても感謝していますし、今では公演を主宰するなら、僅かでも謝礼をお渡しできるようにと考えるようになりました。

そこからはワークショップの活動を中心に、カフェや本屋など、20人集客したら採算が取れるくらいの規模で演劇活動をしながら、「助成が取れたら広い会場で舞台公演といえるものをやりたい」と思っていました。でも、1年くらい前からさすがにそろそろ規模感のある公演をやりたい、やらなきゃ自分が止まってしまう、もう待てない!って気持ちに火がついて。
とはいえ、やろうと決めてから半年ほどはぐるぐる考えているだけで、ぼーっとしてしまったというか(苦笑)。どこかで踏み出さなきゃと思いつつ、何からやったらいいんだろう、手も足も出ないって感覚でした。「どうしたら自分の望む状態で公演ができるか」ではなく、もう腹を括ってやるしかないって思えたのは昨年末、ほんの3か月前のことです。そうして自分でやるしかないと、今回自費で公演をやることにしました。
——それはどうして?
年が明けた3月に公演をやることは出演者と決めていたので、単純に「もうやらなきゃやばい!」っていうことですね。約束していた期限があったから「どうしたらできるか」という思考になれた。やりたいことを完全な状態で目指すのではなく、今の自分ができる範囲で考えようとシフトできて、やっと具体的に動き出せたんです。
進められなかったのは理想が高すぎたから。せっかく自分が公演をやるならって大きな夢を描いちゃっていたんですね。でも大きな夢を描いたら、実現するために助成を獲得したり、たくさんの人に声を掛けたり、いろんな所に協力してもらう必要がある。自分の理想に対してまだまだ力が足りなかったと今では思います。
——丸亀ビルという味のある空間が今回の会場になっていますね。
ぼーっとしていた半年は、会場探しで行き詰っていた期間でもありました。自分のやりたい演劇は言葉中心ではなく、ダンスのような身体表現や人と人との距離感が大事なので、それなりに広い空間が必要で。さらに、運営的にお客さんが50人以上入る広さを求めていました。それらを叶える低予算で自由度の高い空間って、なかなかなくて。
丸亀ビルのことは、もともと建物そのものを気に入っていました。個性的なお店が集まる複合施設で、2階には何かできそうな雰囲気のいい広いスペースがある。ここで何かやってみたいと度々見に行っていたんです。今回の公演の会場探しをしていた時期に、2階でファッションショーをやっていることを知って。ファッションショーをやった人に「舞台公演をやりたいんだけど、ここって借りられる?」って聞いたらとんとん拍子に話が進み、無事会場が決まりました。


——香川で活動している中で、自分の変化や気づきはありますか?
自分の求める演劇の場がないから作り始めましたが、作っているうちにそっちの方が楽しくなってきたんですよね。作る側の方が長く演劇を続けられると気づけたのも収穫でした。一人でやっているので、企画、会場や出演者の調整、演出、チラシやHPの作成、SNSの投稿と本当にやることだらけなんですけど、自分でやるしかないし、やればできることが増えていきました。
あとは、演劇にほとんど触れてこなかった方にどうやって届けるか、入り口やきっかけをどう設計するかを考えるようになりました。関わる人を増やすのはもちろんですが、エンタメや会話劇以外にも演劇があることを、知ってもらいたい思いからです。
私はエンタメや会話劇では俳優としての自分がハマる感覚がなかなかなくて、苦しい時期もありました。役割が決められていて、自分が入る余地がないというか。それを救ってくれたのが、懐が深い現代演劇です。セリフや物語がない現代演劇って難しく思われがちですが、実はとてもシンプルで感覚的、語弊を恐れずに言えば原始的なものでもあるんです。まだ現代演劇に出会ってない人にこの面白さを知ってもらいたい、この体験を届けたいという気持ちは強いですね。ちなみに、これまで演劇を見たことのない人の方が、現代演劇を気に入る傾向だと感じています。
——集客や広報について、感じることは?
大阪時代と同じなのは、チケットは手売りが一番っていうこと。プレスリリースやSNS等の広報って、集客のためというよりはここでこんな活動をしているよという声を届けたり、業界にエールを送ったりするツールなんだと最近気づきました。チケットを売るためには、人に会って営業したほうがいいですから。今回初めて本格的に広報をしてみて、全国メディアに掲載されるとやっぱりうれしいですね。自分の声が遠くに届く感覚というか。そして、これは副産物的なものだけど、ネット上に実績を積み上げていくことも大事だと思います。
——自分のやりたいことができている感覚は、今どれくらいですか?
50%くらいかな。足りないものの一つは、人です。既に何人かの人とは出会えていますが、演劇に対して熱量の高い人がどこにいるのか、本当にわからないんですよね。実は体を使うのが好き、演劇が好き、そういう人がきっとどこかにいるはずなんです。どうやったらそこに届くんだろうっていうのはずっと考えていて、いろんな場所で演劇をやることやワークショップ、SNSなどでの広報には、誰かとの出会いへの期待もあります。
もう一つは、演劇をやるために別のことで生計を立てている状況から、脱却できればいいですね。香川で演劇、そしてワークショップなど演劇周辺のことで生活ができる環境を作っていきたいです。

——地方という場所で、自分の感受性は守れていますか?
どうやって自分の感受性を守りながら生活し、表現ができるんだろうって考えているところではあります。香川に戻ってきた最初の頃は、自分を守るために否定から入っていたというか、いろんなものを寄せ付けない部分がありました。すごく反省していて、それだと地方で表現しながら生きていけないなって。行動や舞台で自分を見せていこうと、だんだんと自分から開いていくようになっていきました。
どこかで誰かが繋がっている環境で我を通しすぎると、知らないところで嫌われるとか、風評被害のように自分に返ってきます。全員に好かれないまでも、悪い印象を与えないくらいの関係性を広く保とうっていうのは、香川に来てから学んだバランス感覚かもしれません。でもそれは舞台にも生かせることで、舞台上でお互いの心地よさを保つためにどんな距離感を取るのか、すごく考えるようになりました。どうやったら共存できるかっていうのに近いかも。あなたの表現や世界観も、私の表現も同じくらい認める感覚というか。
——演劇を続けるために、桐子さんが大事だと思うものは?
演劇に救われた、恩恵を受けた、自分を変えてもらった、そんな経験を生み出していくことかな。それができれば演劇の周辺の人が増えていくだろうし、自分が演劇を続けていくことに繋がっていく。世界の見方が変わるほどの経験って、私にとっては演劇が一番多かったですね。ダイレクトに全身から入ってくるような、体の記憶に残るような経験は、演劇ならではだと思います。

——桐子さんにとって、演劇とは?
今の時点の答えになるけど、人と一緒にいることがもっと好きになるもの、自分が人間であることを好きになれるものです。意見が合わないとき、会社の仕事だったら割り切ったり、距離を置いたまま続けたりできたけれど、演劇はどこまでも人と関わり続けながら一つのものを作らなくちゃいけない。でもそれを経験することでもっと人間という生き物を好きになれるし、新たな自分も発見できる、そんな希有なものが演劇だと思います。「仕方ないよねぇ」って愛しく思えたり、どんなに表面的にかっこつけていても泥臭い部分があったり。いろんな人の奥に触れることで、もっと人を愛せるようになるというか。
——以前「演劇をどうやって続けていけばいいのか、その答えをいつも探している」と話していましたが、今その答えは?
そうですね……、完璧な答えは見つかってないけれど、なんとか今できることをやり続けることで見えてくる道はある、そんな手応えみたいなものは感じています。私はそんなに恵まれた状況ではないものの、事実として演劇を続けられています。それは、常に続けていく方法を見つけてきたというよりは、自分で演劇を選び続けてきたから。選び続ければ、自ずと方法が見えてくる。選び続けることでしか、続ける方法がないのかもしれません。
私より才能があっても演劇を選ばなかった人もいるし、事情があって演劇ができなくなった人もいます。今演劇をやっている人、これからやっていきたい人たちもきっと私と同じようなことに困ったり、壁にぶつかったりする——だから何とかして続ける姿を見せていきたいし、演劇を続けられる場を残していきたいです。そして、自分が活動を続けることで、香川で演劇を知る、見る、やる、応援する……いろんな角度で演劇に関わる人が増えていったら、すごくうれしいですね。
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桐子 カヲル
コキカル主宰。舞台作家、俳優、演出。大学在学中から不条理劇やパフォーマンス色のある「言葉だけに頼らない演劇」に触れ、卒業後は大阪のパフォーマンスカンパニーに入り、音楽を視覚化する舞台表現を追求。2013年より拠点を香川に移す。音を軸に、身体や空間との関係から舞台を立ち上げている。劇場に限らず、カフェ、本屋など、その場所に合わせた公演を行ってきた。ダンサー、音楽家と共に作品をつくるほか、読み聞かせ講師、朗読やぬいぐるみ作りなど、さまざまなワークショップも行っている。
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| 公演情報 |
『ペンブラ/Penumbra -人形の家へ向かう、3つの作品- 』
ダンサー・俳優のソロ作品と、ダンサーと俳優による『人形の家』を起点にしたワークインプログレス公演の3部構成。完成した2作品と、形になり始めた作品、その両方を体験する公演です。
●『ε-δ definition of limit』振付・出演:三木優希(ダンスソロ作品)
●『The Ugly Duckling』台本・楽曲・構成・出演:桐子カヲル(一人芝居)
●『人形の家 -Prototype』構成・演出:桐子カヲル、出演 : 米谷よう子・三木優希 ほか(演劇×ダンス)
※『人形の家 -Prototype』は、リハーサルを公開しながら制作します。 興味のある方は、下記メールにお問い合わせください
blueapple202011☆gmail.com(☆を@に変更)
【本公演】
2026.3.29(日)14時開演/17時開演
開場は開演の30分前・上演時間約70分
会場:香川県丸亀市南条町1-1丸亀ビル2F(JR丸亀駅徒歩5分)
前売¥2,500、当日¥3,000、学生¥2,000
小学生以下無料※保護者ご同伴をお願いします
※チケット予約は公式HPにて
【プレビュー公演】
2026.3.28(土)15時開演・¥1,000(本公演と同会場)
人形の家-Prototypeのみ上演(約30分・本公演と同内容)。
お子さまと一緒にご覧いただけます。会場が真っ暗になったり、大きな音が出る演出はありません。必要があれば出入りもできます。会場の構造上元気に動き回るのは難しいですが、一緒に座って過ごせるお子さまでしたら大歓迎です。
*記事の内容は、掲載時点のものです
