誰かの第三の場所を 生まれ育った高松で

ー高松市・ワインバー店主 小竹 健文さんー

ひとりでぼーっとしたい時も、飲み会のあと、少し飲みたりない時にも行きやすいワインバー「C’est bien(セビアン)」。気兼ねなく寄れる雰囲気で、かしこまらなくていい。ワインバーながら、詳しくない私にも優しい。店主の小竹さんがワインのことを教えてくれるときに垣間見える、ナチュラルワインとその造り手への尊敬と愛。その奥にどんな思いがあるのか知りたくて、お話を聞きました。聞いたらますます飲みたくなっちゃって、たくさんワインを飲みました。

*

私(小竹)は香川県で生まれ、東京で29年、サラリーマンとして働いていました。30歳くらいの頃からひとりで飲みに行くようになって。家でも仕事場でもない、いわゆる「第三の場所」の居心地の良さっていうものを知って、飲み歩くようになりました。そのうち恵比寿の「さいき」という居酒屋に通うようになって。カウンターにいつも同じ顔ぶれの常連が座ってて、常連同士の仲が良くて。さいきは昭和の文豪達が集まっていたお店で、スノッブな雰囲気がありました。僕が通っていた頃には歌舞伎座の社長、演劇雑誌の編集長、大学教授なんかが集まっていて。毎週通っていたら、常連さんの一人が声をかけてくれて、その輪に馴染むようになりました。

「酒場では昼間の肩書きは関係なくて、みんな対等だよ」とか、ご馳走してくれた時は「返そうと思わなくていいから、若い人たちに返してやって」なんて言ってくれて。だんだん知り合いも増えて、さいきで過ごす時間が心地よくて。いつのまにか自分にとって特別な場所になっていました。こうやって誰かの居場所になっていくっていいな、いつか自分もそんな「場」をつくりたい、となんとなく思うようになりました。

30代の頃は可能性は無限大、って感じで夢中で働いてたけど、40代に入り会社員しての自分の能力、センス、大事にしたいこと…、そういったことを考えると、会社の中で自分がどの程度までいけるのかがなんとなく見えてしまって。そんな時、「いつか誰かの場を作りたい」という気持ちが膨らんできて、具体的に考えるようになりました。なんとなく、それはお酒を介する場、と思っていましたね。

お酒ならなんでも飲んでいたんですが、ある日友人にナチュラルワイン専門のWaltzを紹介してもらい、衝撃を受けました。それまでもちょっと良いワインを飲んではいましたが、その時は香り、味わい、液体から届く勢い…何もかもが違って。それまでの自分が思う「良いワイン像」を覆す全く違うおいしさに、ショックに近い衝撃を受けましたね。

Waltzの店主から「新潟の佐渡に面白いレストランがあるよ」と聞いて、ふらっと佐渡に行きました。ナチュラルワインの天才醸造家としてフランスで名を馳せたジャン=マルク・ブリニョが奥様とやっているレストランで、ナチュラルワインをたくさん飲ませてもらいました。造り手の個性がダイレクトに反映され、バリエーション豊か。じわじわとに身体沁み入るような味わい。その奥深さに、改めて感動しました。そこからはもう、のめり込みましたね。従来型ワインとの違いを感じるために飲み比べたり、調べたり。それまでとはお酒に向き合う姿勢が変わりました。

ワインについて少しお話ししましょう。
ぶどうの出来によって味わいが変わるのが本来の姿ですが、従来型ワインはぶどうジュースの段階で砂糖や酸を添加して味をコントロールしたり、味わいや香りをコントロールできる培養酵母が使われてきました。強い力を持つ培養酵母は他の酵母を抑え、味わいもシンプルになります。対してナチュラルワインは、天然酵母で発酵させることで発酵が複雑に進み、独特の味わいを生むんです。

従来型ワインではコントロールすることで一定の美味しさを確保していますが、その味わいは画一的かつ、技巧的な印象があります。対してナチュラルワインは味のバリエーションや、複雑味は豊かですが、失敗するリスクが高い。発酵が進みすぎてワインにならなかったり、ぶどうを必要量収穫できないこともある。それでも、ナチュラルワインにこだわった生産者がいるんです。彼らのことを心から尊敬するし、そんなナチュラルワインに惚れこみましたね。作ろうと思っていたお酒を介した「場」はナチュラルワインのお店にしよう、と決めました。

お店を開く前に佐渡のジャン=マルクにもう一度会いに行きました。この地で深く感動したことが僕の人生に大きく影響したし、ナチュラルワインを専門にしたバーを開くことを伝えたくて。「ちゃんと本物を出し続けなさい。最初はわかってくれる人が少なくても、絶対に増えるから。私たちがここ佐渡のみなさんに受け入れてもらったようにね。売れやすいワインに逃げちゃいけないよ」と言われ、泣きそうになりましたね。勇気の出る言葉です。ずっとこの言葉を支えに、ワインを選んでいます。

お店を開く場所を考えていたときに、たまたま香川に帰省して高松を歩いてみたら、意外と人が出歩いていることに気づいて。直感的に高松でやろうと決めて、2018年6月に会社を辞めました。

東京から飲み仲間が来ると、この本にコメントを書いてくれる

お店は敷居の高い雰囲気じゃなく、女性一人でも気軽に寄れる感じをイメージしました。価格も大体1杯千円以下になるようにして。お店の場所が決まり、「C’est bien」は2019年1月にオープンしました。

高校卒業してからは高松を離れていたのに、同級生たちがお店によく来てくれるようになって。ありがたいことに、昔の交友関係がもう一度広がり始めています。恵比寿の「さいき」で仲良くなった人や、昔の仕事仲間たちも県外から遊びに来てくれるんですよ。新しいお客様にも恵まれているし、感謝しています。

ワインは白・赤のご希望を聞いて、それぞれ4、5本出してお客様に選んでもうスタイル。先入観を持たずに味わって欲しいので、あまり多くは語らないようにしていますね。1日でワインの状態がぐっと変わることもあるので、その日提供するものは確認してからお出ししています。

くつろいでもらえるように、私服でカウンターに入っています。第三の場所、と感じてもらうにはまだ力不足だと思っていますが、来てくれたお客様が少なくともこの「場」を選んでくださった、その気持ちを邪魔しないように。僕自身はこの「場」をつくる要素の一つでしかないと思ってやっています。ワインに詳しい方も、これから知りたいという方にもここでナチュラルワインを楽しんでもらえたら、うれしいです。

小竹 健文
1966年香川県高松市生まれ。高松市のナチュラルワインバーC’est bien店主。大学進学から香川を離れ、東京で会社員として約30年情報処理サービス等に携わるが、ワインバーをやろうと脱サラし、香川へ帰郷。2019年1月、香川県高松市にC’est bienをオープン。2児の父。JSAワインエキスパート。お店を始めてからは過去8回出走したフルマラソンから離れていて、大好きなナチュラルワインと向き合う日々。

C’est bien(セビアン)
香川県 高松市亀井町9-1
Facebook Instagram
カウンターをメインにしたナチュラルワイン専門のワインバー。チャージはなく、グラスワインはほぼ1000円以下。チーズや自家製の鶏ハムなど、ワインにあうおつまみも充実。オーダーのたびに温めてくれるフランスの甘くないケーキ「ケークサレ」は香りが最高!小竹さんを介してお客さん同士の会話も弾む。テーブル席もあり、団体利用も可能。ワインに詳しくなくても、少しずつ教わりながら、素直に「おいしい」という自分の感覚を大切にできるお店です。

新型コロナ対策をして店舗営業を再開しています
ケークサレをテイクアウトでも販売中です。
・新型コロナ対策感染拡大防止として一時休業を決めた時、「これまでお客様の笑顔や表情を見ること、お客様とのおしゃべりが原動力だった」と語った小竹さん。お客様とのつながりを感じたい、と応援チケットの販売をはじめました。

小林繭子

瀬戸内通信社 編集長/ライター、コピーライター:愛知県出身。12年ほど東京で暮らし、2016年に小豆島、2019年に高松へと移り住む。ライティング、IT企業営業事務、ミヤモト惣菜店広報&BARタイム担当など、気持ちの赴くままいろいろ。豊島美術館、李禹煥美術館が好き。

Back to Top