芸術に触れる場所を開いていく/よしおかりつこさん(1つだけ美術館)

美術館に行くなら、できるだけ多く、さまざまな作品を見られる方がいい。無意識にそういう価値観にとらわれていたことに気づいたのは、「1つだけ美術館」を訪れた時でした。1つだけ美術館は、コンパクトなスペースに一つの作品だけが展示されています。「一つしか見られない」のではなく、一つの作品にだけ集中する時間と空間があり、ここでの鑑賞は特別なアート体験になりました。あとから度々反芻するほど忘れられず、この場所を作ったよしおかりつこさんにお話を聞きました。

*

——どうしてこの形の美術館を?

美術館を作ることは、もともと漠然とした私の夢でした。きっかけは、高校生の時に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館が開館したことだと思います。初めて訪れた時の「うそみたい」という衝撃に近い感動が、私の中にずっと残っていて。田舎にすごい存在感のうつくしい美術館が誕生し、それが開かれていて、見たことのないような建築・空間に絵がかけられていて……。通学の車窓からは毎日眺め、学校帰りに訪れるようになりました。美術館やアーティストへの強い憧れが、この時期に培われたと思います。

ただ、自分が美術館を作りたいと思っていると意識したのはわりと最近で、コロナ禍でした。イベントごとが中止になったことでデザインの仕事が減少し、ぽかりとできた時間に残りの人生のことを考えるようになって。ああ私は美術館さえ作ることができたら、自分のやりたいことは達成できるなと気が付いたんです。とはいえ、複数の展示室や作品の収蔵量が必要だったりと、私には無理なもの、夢でしかないと思っていました。

そんなタイミングに、今1つだけ美術館が入居している「TAKAMATSU JAM 4.5」を運営するひだまり不動産との出会いがあり、この場所のサインデザインに関わることになりました。TAKAMATSU JAM 4.5は一部屋4.5畳の独身寮をリノベーションした複合施設。飲食店、ギャラリー兼アトリエ、美容室などが集まり、面白い場所になりそうだ、自分もなにかできるんじゃないかと興味が湧きました。そこに「美術館を作りたい」という夢への気づきが掛け合わされ、芸術や美術館が好きな人がもっと増えるような開かれた場所、美術館を作ろうと思いつきました。

複合施設「TAKAMATSU JAM 4.5」

——作品を一つだけ展示するというコンセプトは、どのように生まれたのでしょうか?

理由は二つあって、一つは、「疲れない」ためです。準備段階では、都会含めてさまざまな美術館を巡りました。そのとき、どんなに美術館が好きでも、どうしても最後は疲れてしまうことに気が付きました。アートや建築、空間を味わうはずが「全部回らなくては」、「あとどれくらいあるのだろう」と気が急いてしまうのもあると思います。

——確かに、企画展を見るのに精一杯で、常設展まで回れないこともしばしばあります。体力もありますが、感受のキャパオーバーになってまうような。

ありますよね。もう一つは、「比べない」ためです。たくさんの作品があることで「こっちの方が好き」と無意識に比べることや、「これは油絵の抽象画だ」とカテゴライズしながら鑑賞することが以前から気になっていました。他の作品との対比やカテゴライズによって見えることもありますが、そこにとらわれず、作品の魅力そのものや作者の思いが伝わる機会を作りたい、それなら他の作品を置かないのが一番だなと。

そして、一つの作品から受け取るメッセージって意外とたくさんあるんです。一つしかないのかと思う人も多いかもしれませんが、せっかく来たのだから「何か持ち帰ろう」という心理が働くのもあって、規模感のある美術館とは違う受け取り方をしたり、深い部分に気づけたりするのではないかと考えています。

——約10か月で10の展示を開催されましたが、展示内容はどのように決めていくのでしょうか。

企画展では、私が今まで出会った人や作品の中から、これはぜひ見せたいというものを引き出している感じです。その一つ「identify」は、偏光顕微鏡で見た岩石の薄片(はくへん)に感動した経験から生まれました。香川県は日本有数の石の産地ではありますが、石の薄片を見たことがある人って少ないだろうし、美術館であまり展示されないというのもあって、展示することに。薄片のうつくしさは、グレーっぽいものから華やかなものなどさまざまで、一つに絞るのには悩みました。

——どうやって決めたのですか?

1つだけ美術館のテーマでもある「見えないものが見えている」を軸に、見た人に何を持ち帰ってほしいのかを掘り下げて考え、橄欖岩(かんらんがん)の研磨薄片に決めました。石そのものはグレーがかった緑ですが、偏光顕微鏡を通した薄片は光の反射角度によって多様な色が鮮やかな虹色のように見えます。石そのものと薄片のギャップがある方が、より関心を持ってもらえそうだと考えました。

橄欖岩(写真提供:1つだけ美術館)

展示では、角度で色が変化する過程を伝えたいと考え、薄片を回転させながら撮影した映像を流すことにしました。展示制作に協力してくださった専門家の方にとっては普段の研究対象がアートになるという驚き、私にとってはいつも見ている当たり前とは違う世界を見せるための視点の転換があり、展示完成までの試行錯誤もとても面白かったです。

偏光顕微鏡を通して橄欖岩の研磨片薄を見た映像作品「identify」(写真提供:1つだけ美術館)

——企画展の制作はどんなふうに、どれくらい時間をかけているのでしょうか?

「この方の作品を展示したい」とアーティストに制作を依頼する場合はテーマをアーティストに委ねていますが、それ以外では「こういうことを伝えたい」という私の思いが先にあって、そこからモチーフや協力者を考えていく形をとっています。とはいえ、実際にモチーフを前にしたり、協力者と話したりすることで伝える内容を変更・調整することは多々あります。

モチーフや協力者が決まったら、展示の三、四か月前からいろいろなものを見に行き、どう展示するのかを考え続けます。そうやって生まれた最初のアイデアは、大体ボツになります。「見栄えはいいけれど、伝えたいこととは違うのではないか」といった感じで自分のアイデアに対して多角的にダメ出しをする感じです。

最初のアイデアは表層であり、根にはもっと違うなにかがあるはずだと意図的に捨てるようにしてもいます。自分が今思っていることを肯定せず、ずっと考え続けたり、誰かと話して思考を深めたり、新しい視点から考え直したり。そうしていると、最初に伝えたいと思っていたことが、本当に伝えたいこととずれていることに気づくことが多いです。なにかアイデアを練る際は、その時の最適解だという確信は持てても、一年後の自分だったらもっといい見せ方を考えるだろう、もっといいものがあるのかもしれないという気持ちがいつもどこかにありますね。

——ご自身の作品も展示されているのですね。

伝えたいことが先にあり、そのために作品を制作したり、過去の作品を選んだりすることがあります。自分の作品であれば、鑑賞者が作品に触れる、手を加えるなど、自由度の高い展示を叶えることができます。例えば、「嘘こそ」は、私のファイバーアートを展示し、鑑賞者が短冊に嘘を書いて作品に結び付けてもらう参加型の展示にしました。嘘が溜まるほど花が咲くように見えて一見うつくしいのですが、最初の形がどんどん見えなくなっていきます。

「嘘こそ」(写真提供:1つだけ美術館)

この展示は、嘘をつくことが自分にとってどういうことなのかを考えてもらえたらと企画しました。あえて嘘を書くって意外と難しいこと、日常で咄嗟に嘘をつくことってあるのにそれはどうしてなのか、うその功罪など、参加してくれた方がそれぞれに答えを見つけてくれたらいいなと。

——そういった企画趣旨について、どこまで言語化して発信していますか?

私が伝えたいことを書きすぎるのも違うかなと、あまり言葉では伝えていないかもしれません。体験を通してこの展示の趣旨を感じてくれた方もいるし、「嘘を書くっておもしろい」とシンプルに面白がってくれた方もいました。それぞれの受け取り方は千差万別、それがいいと思っています。今後は年鑑を発行する予定で、企画趣旨をもう少し掘り下げて言語化していくつもりです。

——私が訪れた時にはよしおかさんから作品展示に至った経緯や作家さんのことなどを詳しくお聞きしたのですが、基本的には無人運営なんですね。

香川と東京の二拠点で生活しているのもあって、そのようにしています。普段は周りの店舗の方が鍵を開けてくださったりと、助けられながら運営しています。私がいるときにはお客さんに声を掛けて展示の背景を話したり、どんなことを感じたのかをお聞きしたりしていて、お客さんから新たな気づきをもらうことが多々あり、私自身の刺激になっています。

——見た人が自分で金額を決めるドネーション(寄付)制の入館料で運営されていますが、その理由は?

「みんなで運営する美術館」を目指したのと、開かれた美術館として、同じものを何度も観ることや学生さん、お子さま連れの方などへのハードルを下げたいと考えたからです。この制度によって芸術への接触機会が増えればうれしいです。

この場所をいいと思っていただけたり、作品を一つだけ展示する意味を感じてくださった方がドネーションしやすいよう、目安金額100円~の展示ごとのオリジナルカード、目安金額200円~のカードホルダーなどをご用意しています。また、年会費制の賛助会員を随時募集しています。

——ドネーション制と賛助会員によって入館料を気にせず、誰もが気軽に訪れることができる仕組みを構築しているのですね。

そうですね。そして、2年目からはNPO法人として運営していく予定です。私の引き出しで一年展示を実施してきましたが、このまま継続していくとだんだんと閉じた場、「私の美術館」になってしまうのではないかと危惧していて。美術館として社会に開いていくために、私一人ではなく、さまざまなメンバーと共に考える運営にシフトチェンジしていこうと思っています。

——開館してまもなく一年ですが、現時点での達成度はいかがですか?

「カフェのように気軽に、ふらっと来られるのがいい」、「一つの作品と深く向き合える」という声をいただくことが多く、叶えたかった芸術とのかかわりを創出できている手応えがあります。また、企画・展示をしながら、私自身もカテゴライズや比較などにまだとらわれている部分があると気づかされることもありますね。

なかなかわかりにくいことをやっている自覚はあるのですが、それを理解して応援してくださる方が地道に増えていることがとてもうれしいです。一方で、もっと丁寧に発信をしたいとか、展示の内容を広く探しに行きたい、認知を拡大する努力が足りないなど、なかなか達成できていない部分もあります。それらをやみくもにやればいいとは思っていないので、いい塩梅を模索しながら進めているところです。

——今後1つだけ美術館としてやってみたいことはありますか?

企業の会議室に作品を一つ設置したり、学校や病院などに出向いたりする「出張美術館」をやってみたいです。1つだけ美術館の活動の根底には、誰もが芸術に触れられる機会のある世界になってほしいという願いがあります。亡くなった私の母は、最期の方は病院から出られず、予定といえば治療と、なかなか楽しみがありませんでした。側で見ていて、人って楽しみがないと生きている感じがしないんじゃないかと感じたこともありました。週末にアート作品が来るみたいよ、というだけでも楽しみを一つ作れると思うので、病院や施設と協力して実現していきたいです。

*

よしおか りつこ
1975年香川県丸亀市生まれ。1つだけ美術館主宰、アートディレクター、グラフィックデザイナー、ファイバーアート作家など活動は多岐にわたる。主にアートディレクターとしてデザイン、ロゴ制作、サインデザイン、展示の総合演出などを手がける。一緒に暮らしている猫が日に日にかわいい声としぐさを習得していて、わがままに抗えなくなっている。最近面白かった本は、「土偶を読む」(著:竹倉 史人)。とにかく美術館が好き。
https://www.ritsuto.com

1つだけ美術館
2022年11月に開館した、4.5畳のスペースに一つの作品だけを設置した美術館。照明や音、香りまで一つの作品のためだけに自由度高く計画することができ、さまざまな企画展のほか、アートをより楽しむためのワークショップなども開催している。賛助会員は、HPにて受付中。いつでも繋がれる美術館として、館内をYouTubeで24時間生配信している。現在企画展「のるもの のりもの」を開催中(~2023/8/28)。入居している複合施設「TAKAMATSU JAM 4.5」には飲食店やセレクトショップなど、さまざまな楽しみが集まる。ことでん志度線八栗駅から徒歩4分。

香川県高松市高松町2175-33
・10:30ー17:00
・火曜定休+不定休
・開館日はHPのカレンダーをご確認ください
・入館料:ドネーション(寄付)制
https://1museum.jimdofree.com/
Instagram

*記事の内容は、掲載時点のものです

瀬戸内通信社 編集長/ライター、コピーライター:愛知県出身。12年ほど東京で暮らし、2016年に小豆島、2019年に香川県高松市へと移り住む。豊島美術館、李禹煥美術館が好き。

Back to Top