自分から、お店と人に会いに行く。

知らない土地に移り住むときに、一番不安なことはなんだろう。私にとってのそれは、ゼロからの人間関係の構築でした。東京から小豆島、高松と移住してきた際、仕事や住居は事前に準備ができたけれど、人との出会いは行ってみなければわからない。

香川県高松市にUターンしてヘアサロン「fika(フィーカ)」を開いた根岸さんに、当初どのように人間関係を切り開いてきたのかを聞いてみると、「自分が好きそうなお店に行きました」と返ってきた。詳しく知りたくて、根岸さんにお話を聞きました。(取材・ライティング:小林繭子)

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——根岸さんは、高松にUターンされてお店を開いたんですよね?

はい。高松の高校卒業後に大阪の美容専門学校に入り、卒業後は大阪のヘアサロンに就職しました。美容人生が始まった18歳の時から「美容師は独立するものだ」と思っていて、具体的に独立を考えるようになったのは27歳の頃。誘ってくれた先輩と共に、大阪でお店を始めました。

——その後、どのような経緯で高松へ?

そこから5年ほど経った頃、いよいよ自分のお店を持つぞと考えた時に、大阪でもいいけれど、地元でやるのもいいんじゃないかとよぎったんです。明確な決め手や勝算があったわけではないけれど、大阪と違う場所もいいなと思い、高松でお店を持つことに決めました。

——お店を出す場所はどうやって決めたんですか?

考えていたのはロードサイドの大きなお店ではなく、住宅街にあるような小さい個人店です。15年も高松を離れていたから、最初は町や市場の状況がなにもわからなくて。まずは人口が増えているのはどこだろうと、高松市のホームページで都市開発のデータを調べました。

そこで、これから盛り上がっていくんじゃないかと仏生山に絞ったんですが、意外とちょうどいい土地やテナントがなくて。行き詰ってしまい、目線を変えました。大阪で最初に勤めたお店は高級住宅街にあり、大きな病院や学校も近く、充実しているエリア。そんな雰囲気でピンと来たのが高松市・番町周辺です。実際に歩いてみてもそのイメージに近くて、土地探しを始めました。すると、今の場所がポンと見つかったんです。

——お店を建てた場所の決め手は?

この場所に決める前に、朝、昼、夕方と番町を中心に広く取ったエリアをさらに歩き、それぞれの時間帯にどんな人がいるのかを見ました。結構時間をかけましたね。午前中は学校への送迎や通勤で人通りが多いけれど、昼間は少なくて年配の方が散歩していたり。夜は何時頃に仕事や学校帰りの人の流れが多いのかも見て、自分が想定していた営業時間と、人の動きがマッチしているのかを確認したんです。

——他にも、お店を出すエリアを知るためにしたことはありますか?

町の本屋さんに行きました。どんな本が並んでいるのかによって購買層を想像したり、どんな人が町の本屋に訪れているのかを見たりしたくて。加えて、本屋さんにもどんなお客さんが来るのか聞いてみたかったんです。大型店というよりは、地元に根差したいいサイズの本屋さんを探して見つけたのが「本屋ルヌガンガ(以下、ルヌガンガ)」さんでした。

——ルヌガンガさんでは、どんなことを感じましたか?

まず、雑誌がないことに驚きました。雑誌といえば扱うのは流行。でも、ルヌガンガさんの本棚を見ていると、雑誌じゃなくてもその時の新しい情報が手に取れる感覚がありました。店主の中村さんに話を聞いてみても、感度の高い人たちがお店に集まっているのを感じ、自分が近くでお店を出すにあたって想定していたターゲットがブレてないと確信できたのを覚えています。

——そのとき、お店の方とはどんなお話を?

自分はこの町に戻ってきたばかりでもうすぐヘアサロンを開くという話をして、近隣にあるおすすめの本屋さんを聞きました。すると面白い予約制の本屋さんがある、と「なタ書」を紹介してもらったり、「ここに掲載されているお店はどこもすてきですよ」と高松の本屋さんを紹介するフリーペーパーをいただいたり。そうして教えてもらったお店に足を伸ばすようになって。

——それは、お店を作るにあたって、町のことを知りたいという意図だったんですか?

プライベートも含めていろんな人と繋がっていく期待があったんじゃないかと思います。だから見ているだけじゃなくて、自分からお店と人に会いに行くようにしていました。

——「お店と人に会いに行く」……、もう少し詳しく聞きたいです。

例えば何かを販売しているお店であれば、置いてあるのはなにかしらの物ですが、それを選んだのは人、売るのも人、買うのも人……商売って、人ありきです。メーカーがあって、仕入れ先があって、そこから誰かがお店まで届けてくれる。そしてお店が何かをお客様に届けたら、そこから他の人に届けてくれる。そうやって作ったもの、販売したものがぶつ切れではなく巡っていくのは、人が繋いでいるからだと思っていて。それは自分がお店側にいるときも、購買側にいるときも同じなんです。

——その流れの中に自ら入っていく、お店に行きそこで交わる人たちに会いに行く、それが「お店と人に会いに行く」ということなんですね。たとえば、先ほどの中村さんとはその後、もう少し深い話をするようになったりしましたか?

そうですね。後日、本屋さんを紹介してくれたお礼を伝えつつ、また本を買いに行きました。そうやって少しずつ会話するようになり、いつのまにかプライベートでもお会いするようになって。

——人と偶発的に出会ってそこから関係を始める、というのがここ最近難しくなってきたと感じることもあります。根岸さんは、どうやってその糸口を作って、関係性を深めていったんですか?

お店をオープンするときに中村さんに選書をお願いしていたのもあって、お店のコンセプトを語ったりと進んで自分の話をしていたかもしれません。きっかけは選書でしたが、自分がどういう人間か身を明かすというか、自ら開いていくことは大事にしていました。自分の話をしない限り、人って飛び込んできてくれないと思うんです。

とはいえ、あくまで自分は「お店にとっての一人の客」でいることが対等な関係だと思っていたのもあり、あくまでその関係性の中で自分の話をするような感じです。「お店と客」という関係を維持しながら時間をかけて、結果的に仲良くなったという感じですね。

——私の場合、東京からゆかりのない小豆島へ一人で移住した当初は「友達ってどうやって作るんだっけ」と焦りや不安が大きかったです。根岸さんはUターンしてすぐ、どんな感覚を持っていましたか?

よくよく考えると、馴染めないならそれでもいいやと、最初から焦ってなかったのはあります。誰かに受け入れてもらうには、時間がかかるはずなんです。おいでおいでっていう人の方が危なかったりしますよね(笑)。結果的には早い段階でルヌガンガさんを訪れて一つの出会いがあり、そこから次の出会いへ、またそこから次の出会いと数珠つなぎ的に広がり、今の交友関係のベースになりました。

中村さんに別の本屋さんを紹介していただいた後にも、その先で面白いお店に連れてっていただいたり、また出会いがあったりと広がっていきました。このお店の内装をお願いした工務店さんは、その頃出会った方に紹介していただいたんですよ。香川では、お店の人がその場に居合わせた人を紹介してくれることが何度もありました。

——根岸さんにとって、人間関係が広がっていくのはどんなときですか?

自分の好きなものを軸に行動したときですね。好きなコーヒーを飲みに行く、好きなカレーを食べに行く、すると自然と自分の趣味趣向にマッチする人やものに出会え、また広がっていく気がします。ときには自分と同じようにお店を持つ人たちと繋がり、徐々に居心地のいい友人のようになっていくこともあります。

今は休みが限られてきていますが、好きなことを大切に、「おもしろそうだな」「気になるな」と思ったら、フットワーク軽く出かけたいし、大好きなお店にはついつい通ってしまいます。

——ところで、お店の本棚にはアート本や写真集もあるんですね。アートは好きなんですか?

絵心もなく、美術の授業も苦手で、もともと美術館に行く習慣はありませんでした。でも、美容専門誌のアーティスティックな作品から実用的な技術に繋がる流れがあったり、カラーは色彩感覚、カットは造形美と、美容師にとってアートは切っても切り離せない関係なんです。大阪時代は普段から作品展の情報が目に付くし、関西のいろんなアートスポットに足を伸ばしやすくもありました。そうして多様なアートに触れているとどんどん面白くなって、あちこちの美術館に行くようになったんです。

最初の頃は少し変わった絵、不思議だけどきれいな絵が好きでした。当時の上司に好きな画家を聞かれ、ぱっと思いついてダリと答えたら「せやからあかんねん」と言われたけれど、その意図はいまだにわからないです(苦笑)。でも、そう言われると「じゃあもっといろんな展示を見てみよう」と積極的にアートに触れるようになったのはありました。

fikaには詩集、小説、絵本、アートブックとさまざまな本が並ぶ

——お店のSNSアカウントでも本を紹介されていますが、たくさん本を読まれるんですね。

読むようになったのは25歳頃で、それまでは全くといっていいほどでした。きっかけは、お客様に「成長段階で課題が見つかったら、本を読むといいよ」と教えていただいたことです。最初は選び方もわからず、教えてもらうまま自己啓発本やハウツー本を読み始めました。加えて、当時は言葉で悩んでいたから、「言葉や表現を覚えたいなら小説も並行して読んでみたら」というアドバイスを受けて、気になったものから手に取っていました。

——言葉で悩んでいた?

お客様とコミュニケーションをとる中で、もっと楽しんでもらいたい、喜んでもらいたい、そのためにうまく言語表現したいと思うも、若い時はなかなかうまくいかなかったんです。お客様は年上の方が多く、教えていただくことばかり。そこに少しでも追い付きたい、知識を増やしたい、というのもありました。そうやってだんだんと読む量が増えていきましたね。

このお店のコンセプトの一つが「ゆっくりと本を読み、コーヒーを飲めるカフェのような場所」というのもあり、本棚は作ると決めていましたが、自分の本を並べるつもりはありませんでした。中村さんの選書では、待ち時間にさらっと読める詩集やお子さま向けの絵本など、お店のイメージや客層、町に合わせて自分では選ばないような本も揃えていただきました。

開店当時はもっと数が少なかったんですが、「お店の本は、だんだん増やしたらいいんですよ」という中村さんのアドバイスもあって、この町でお店をやりながら、自分で本を増やして今の状態になっています。そんなふうに、最初から自分が思う完成形を出すのではなく、この町と共に変化していく。そうやって長くお店を続けていけたらうれしいです。

根岸セイジュ
1982年香川県高松市生まれ。高松の高校を卒業後、大阪の美容専門学校へ進み美容師の道へ。国内外での技術講師や大阪での2店舗を経て高松へUターンし、2018年ヘアサロン「fika」をオープン。好きな作家は原田マハ、西加奈子、川上未映子。お店には本、コーヒー、花など、香川県内で自ら足を運び出会った品々が詰まっている。

fika
最初から仕上げまで一人のスタイリストが担当し、安心してヘアスタイルの相談ができるヘアサロン。根岸さんがご夫婦で営んでいます。長時間施術の際には、根岸さんが選んだ週替わりの豆で淹れるコーヒーなどのドリンクとともに、本を片手にゆったりと過ごせます。資生堂プロフェッショナルのヘッドスパも可能。
香川県高松市番町5-4-4 糸瀬ビル 1F
087-862-8088
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本屋ルヌガンガ
いつ訪れても読みたい本に出会える新刊書店。カフェスペースでは購入した本とともに、ハンドドリップのコーヒーやアルコールを楽しめる。本にまつわるトークイベントのみならず、瞑想やワークショップなど、さまざまなイベントを開催している。ことでん瓦町駅より徒歩6分。
香川県高松市亀井町11-13
087-837-4646
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瀬戸内通信社 編集長/ライター、コピーライター:愛知県出身。12年ほど東京で暮らし、2016年に小豆島、2019年に香川県高松市へと移り住む。ライティング、IT企業営業事務、広報サポートなど、気持ちの赴くままいろいろ。豊島美術館、李禹煥美術館が好き。

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