次の誰かの「好き」を作る/天体望遠鏡博物館(香川県さぬき市)

世界で唯一の天体望遠鏡専門博物館、その名も「天体望遠鏡博物館」は、さぬき市の88番札所大窪寺の麓にあり、ボランティアによって運営されています。月に一度の夜間観望会の日、イベント前に天体望遠鏡博物館を訪れると、10名ほどのボランティアのみなさんが迎えてくれました。

「今日は県外のボランティアがたまたま数名来てくれていて、いつもより人数が多いですね。通常の開館日には3、4人、夜間の観望会には7、8人が集まります。ボランティアは現在125名で、香川県在住者は5割弱ほど。県外のボランティアの方が多いんですよ」

そう教えてくれたのは、ボランティアの中心的メンバーの漆原さん。普段は経営コンサルタントとして仕事をする傍ら、開館当時からボランティアとして活動しています。開館日以外も天体望遠鏡博物館に関する活動で忙しいと聞いて、大変じゃないですか?と尋ねると、「誰かが楽しんでくれる姿を見たら私もうれしいし、自然とやる気になるんですよね。なにより、天体望遠鏡が大好きですし」とにっこり。

漆原さん

天体望遠鏡博物館の役割は、天体望遠鏡を収集・展示・活用し、天体望遠鏡とその文化を次世代へ引き継いでいくこと。なかでも望遠鏡寄贈の受け入れを大切にしており、個人が所有する小型望遠鏡から天文台の大型望遠鏡まで、あらゆる望遠鏡の寄贈を全国から受け付けています。

「集まった望遠鏡は、まもなく500台に到達しそうです。ときには行政手続きが必要な場合や、クレーンを手配して専門業者に依頼するような、大がかりな受け入れもあります。廃棄されてしまったら、その望遠鏡は二度と蘇りません。なので、望遠鏡の寄贈は基本的に受け入れ、メンテナンスをした上で保管しています」(漆原さん)

そして、寄贈の引き取りで活躍するのが、全国各地にいるボランティアメンバーです。寄贈者から対応依頼があれば、各地のメンバーが望遠鏡の状態を確認しに行くことや、直接受け取りに行くことも。有料の展示スペースでは、そうして集まった天体望遠鏡の数々を、ボランティアスタッフの丁寧なガイドで楽しむことができます。

年代ごとに集められた天体望遠鏡たち

寄贈された望遠鏡は、観望会イベントで実際に使用されることも。天文台の閉館や入れ替え、所有者が亡くなるなど、役目を終えるかと思われた天体望遠鏡が集まり、この場所で第二の人生を歩んでいきます。

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夕方にボランティアのみなさんと簡単に腹ごしらえをした後、夜の観望会に向けて準備が始まりました。あの望遠鏡を使ってみたい、じゃあ私はこの望遠鏡を出そうか、など会話をしながら、次々と望遠鏡を外へ運び出し、角度やピントを調整していきます。

観望会イベントで使用する望遠鏡を選ぶのも楽しい
屋外へ一台ずつ運び出す

参加者がすぐ楽しめるよう、ピントを合わせておく
備え付けの大型望遠鏡のために天井が開く部屋

この日は愛媛、徳島、滋賀、東京と、全国からボランティアが集まっていました。人手が多い分、たくさんの望遠鏡を準備することができます。参加者が集まる前のオリエンテーションでは各望遠鏡担当者の振り分け、時間配分、悪天候時の対応、全体に向けて誰が何を解説するのかなどを確認し、準備は万端。そうこうしていると、観望会に申し込んだ参加者たちが集まってきました。

この日の申し込みは50名ほど。たまたま地図アプリで見つけてデートで来てみたという二人組、子どもが最近星に興味を持つようになったのでという家族連れ、すっかり天体観測から離れていたけれど、この場所を知って久しぶりに望遠鏡で星を見たくて、という人など、さまざまな年代の人たちが集まりました。それぞれが望遠鏡を覗き込み、思い思いに空を見つめる時間の始まりです。

望遠鏡ごとにボランティアメンバーが付き添い、望遠鏡の調整をしたり、それぞれが持っている知識を個別に披露しながら観望会は進みます。子どもたちからは「月が見えた!」とはしゃぎ声が上がりました。ちなみに、観望会で一番人気なのは土星。土星の輪を驚くほどくっきり見られるだけでなく、輪に黒い筋のように入った隙間まで見えることがあり、とても盛り上がるのだそう。

この日は残念ながら空が曇りがちだったため、途中からは室内での講座へ切り替えに。講座では、漆原さんによる解説が始まりました。

「この部屋にある望遠鏡は長いですね、どうしてかわかる? そう、大きく見えるから。屈折望遠鏡は長ければ長いほど大きな倍率を出しやすくなります。こちらは50年前、私が中学生の頃に高松市の五色台少年自然センターに設置されたものです。中学生の時にこの望遠鏡で星をみて、その美しさとこの望遠鏡のかっこよさに惚れ込みました。当時、ある高校の天文部に入ったらこの天体望遠鏡が使えると聞いて、その高校に入学したほどです(笑)」(漆原さん)

「高校生になって天文部に入ったら、早速五色台までこの望遠鏡を見に行きました。汽車に乗って高松駅に着いたら五色台の麓までバスで移動し、着いたら夕方。麓までセンターの方が迎えに来てくれて、この天体望遠鏡で朝まで好きに天体観測ができました、そういう時代だったんです。そうして天体観測や望遠鏡に夢中になっていきました。その望遠鏡が役目を終え、今ボランティアで活動しているこの場所にあるなんて、なんだかロマンがありますね」(漆原さん)

その後、パソコンソフトと3Dメガネを活用し、立体映像で宇宙の果てまで星を見に行く疑似体験をして、この日の観望会は終了。季節によって見えるものが変わり、天気によって楽しみ方が変わるので、何度訪れても楽しめそうです。次はぜひ、快晴の日に参加してみたい。ちなみに、晴天時にはこんなふうに星が輝いているそうです。

写真提供:天体望遠鏡博物館

この日集まっていたボランティアメンバーに、話を聞いてみました。

「現役時代は家電メーカーでデジカメのレンズ設計の仕事をしていました。星よりも機材の方が好きで、機材を楽しむために星をみています(笑)。天体望遠鏡の使い方教室を担当しつつ、観望会にはできるだけ参加しています」

「ここでの一番のやりがいは、展示している天体望遠鏡の説明をしながら館内を一時間かけて一周するガイドです。もともとは技術中心の説明なら自分の経験を活かせそうだとボランティアを始めたのですが、一台一台の歴史や持ち主にまつわる物語なども先輩方から教えてもらい、今ではいろんな話をできるようになりました。来館者に合わせた自分なりのガイドで喜んでいただけたとき、とてもうれしいですね」(阿部さん/愛媛県)

左から多田さん、杉本さん

「知人から天体望遠鏡を譲り受けたものの、使い方がわからなくて。ここなら何かわかるかなと訪れてみたら、『使えると思うよ。じゃあこのネジを開けて鏡を洗ってみましょう』といきなりドライバーを渡されて、スパルタでした(笑)。言われるがまま手入れをして、操作を教えてもらって。今では無事自分で使えるようになりました。以来、ボランティアとして時々参加しています。私のようになにかきっかけがあって訪れた人を迎えるのは、とても楽しいです」(多田さん/香川県)

「ここでの活動は、年齢も人生もさまざまな人たちと活動を通じて交流し協力し合い、それぞれの経験を持ち寄って解決しながら、幅広い体験ができる面白さがあります。天文現象を見るのが好きな人、機械が好きな人、写真を撮るのが好きな人など、各々の興味で集まる人たちといい時間を共有しています。ボランティアの集まりなので、自分でできること、やってみたいことに手を挙げながら楽しむのがいいと思っています」(杉本さん/香川県)

「小学生の頃から、足掛け60年星を見ています。多くのメンバーは子どもの頃に覗いた望遠鏡を忘れられなくて活動しているんじゃないかな、私もその一人です。天体写真撮影も好きで、天文イベントでの撮影は私と阿部さんが担当することが多いです。ここが開館するのをニュースで知って訪れ、翌週にはボランティアに登録しました。それから毎週のように土日に参加して、気づけば7年です。メンバーにはそれぞれ得意があって、星に関しては一番詳しいつもりです(笑)」(堀川さん/香川県)

「登録したのは一週間前、新人ボランティアです(笑)。2017年にお遍路で大窪寺に向かう途中、たまたまこの場所を見つけました。学生時代に星を見るのが大好きだったので立ち寄り、館内をガイドしていただきました。大型の天体望遠鏡の由来や歴史を一つずつ説明してくれて面白かったし、全国から寄贈された望遠鏡の中には、かつて学生の頃に使っていたものもあり、懐かしかったです」

「社会人になって一度望遠鏡から離れてしまっていたのですが、望遠鏡って、最後はみんな捨てられないんですよ。それが寄付としてここに集まり、50年前の望遠鏡が今も整備されていて、『昔こういうものがあったんだ』と今の人たちに伝わるって、いいなぁと。そして、ここにある望遠鏡で星を見てみたいと思いました。初訪問時にボランティアに参加したい気持ちはあったものの、仕事が忙しかったので登録はしませんでした。定年を機に、最近やっと参加できるようになりましたね。訪れた人に天体観測の面白さを知ってもらい、好きになる人が増えたり、仲間とコミュニケーションを取りながら子どもたちの喜ぶ顔が見られたらいいなと思います」(野島さん/徳島県)

「中学生のときに天文に出会い、以来星と天体望遠鏡のことを頭に浮かべればすべてのストレスが消えていくという幸せな人生を送ってきました。今は一人でも多くの方、特に子どもたちに、私が経験したような科学との出会いをこの場所で提供したいと思っています。先日は京都の会員三名と富山市まで大型天体望遠鏡の引き取りに行ってきました。現地の天体望遠鏡関係者とも親交を温めることができ、とてもいい時間でしたね」(天体望遠鏡博物館代表理事・村山さん/京都府)

ボランティアのみなさんにはそれぞれに得意や興味があり、一人ひとりのペースで楽しみながら関わっていることが伝わってきました。夢中になれるものがあること、それを何らかの形で続けていけること。もし一度離れても、再び楽しんでいけること。その世界と誰かの出会いをつくること。ボランティアと聞くと、奉仕活動というイメージを持ったり、自分から少し遠く感じてしまうこともありましたが、この日私が感じたのは、もっとわくわくするような、仲間と共に自ら楽しんでいく感覚でした。

天体望遠鏡博物館ではさまざまなイベントや発信をしています。また、天体望遠鏡寄贈の受け入れ、ボランティア登録、寄付などを歓迎しています。詳細は、公式ホームページをご覧ください。

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天体望遠鏡博物館
世界で唯一の天体望遠鏡専門博物館。閉校した旧多和小学校を活用し、体育館や教室のスペースに全国から寄贈された500台近い天体望遠鏡が保存されている。また、天文図書室には天文専門書と主な天文雑誌が創刊時から揃っており、一日過ごす来館者もいるほど。望遠鏡の寄贈受け入れや館内ガイド以外にも、定期的に天体望遠鏡工作教室・使い方教室、夜間観望会などのイベントも開催している。「みんなで作る博物館」を掲げ、ボランティアメンバーにて運営(随時募集中)。各問合せ、申込みは公式ホームページにて受け付けている。

香川県さぬき市多和助光東30-1
ホームページ
・原則土・日開館(開館カレンダーをご確認ください)
・10時~16時/館内ガイド最終受付15時、最終受付15時半
・0879-49-1772(開館時間内のみ/できるだけメールフォームにてお問い合わせください)
・入館料:一般500円、高校生・大学生400円、小中学生300円
・JR志度駅、オレンジタウン駅からさぬき市コミュニティバスに乗車、「天体望遠鏡博物館前」下車すぐ

*記事の内容は、掲載時点のものです

瀬戸内通信社 編集長/ライター、コピーライター:愛知県出身。12年ほど東京で暮らし、2016年に小豆島、2019年に香川県高松市へと移り住む。豊島美術館、李禹煥美術館が好き。

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