創作が日常になる。香川へ移住したアーティスト・吉田亜希さん

瀬戸内サーカスファクトリー 2.吉田亜希さん

ミュージシャンのツアー、舞台への出演や振付など、エンターテイメントの第一線でエアリアル専門のパフォーマとして活躍してきた吉田亜希さん。瀬戸内サーカスファクトリー(以下、SCF)がアーティストを多角的にサポートする「アソシエイト・アーティスト制度」ができる前、2019年に東京から香川に拠点を移して活動しています。(1.SCF代表田中さんの記事はこちら

——現代サーカスとの出会いと、香川に拠点を移された経緯を教えてください。

大学卒業してからずっとエアリアル(空中演技)を専門に、東京を拠点にして活動していました。エアリアルの基礎を学びたいと思った時に、練習場所があるのも、教えてくれる人がいるのも東京だったし、人の繋がりもある。エンターテイメントの世界で生きていくには東京じゃないと、っていうのがずっと強くて。

様々なステージに立ちながらも、エアリアル以外にもこんな感じのことをやりたいな、という抽象的なものが自分の頭の中にありました。それが何かわからないまま、さまざまな人と関わったり、会話したり、舞台を観たりしている中で、「私がやりたい事って “現代サーカス” っていうんだ!」とある日気が付きました。

フランスでのエアリアルパフォーマンス/写真提供:吉田さん

現代サーカスについて調べてみると、ヨーロッパの情報や映像は見つけられるけど、日本の情報がなかなか出てこなくて。知人からSCF主宰のフランスの現代サーカス演出家カミーユ・ボワテルのワークショップの情報を聞いて、彼の映像も見たこともないし、よくわからなかったけど、面白そうだからと香川まで受けに行きました。それが2015年のことです。

カミーユは、フープ(空中に吊されたリング)やティシュー(空中に吊るされた布)などのメジャーなサーカス器具は使用せず、身体だけを使ったストイックな表現が中心。「一体、頭の中はどうなっているの?」っていう作品を作る人で、こんな人を日本に呼んでいることが衝撃的でした。参加アーティストたちは東京含めて各地から集まり、数日間泊まり込みで作品作りをしました。このときに、カミーユを呼んだSCF代表の田中さんともいろいろと話をしましたね。

作品作りに参加しながらも「現代サーカスって何だろう?」と思っていましたが、それが明確にわからなくてもすごく楽しかったし、やっぱり自分が探求したいのは現代サーカスなんだという手応えがありました。それでも、当時はエンターテイメントのお仕事が多く、拠点はまだ東京でした。

このワークショップの約4年後、2019年に海外プロジェクトでの契約が決まり、東京の家を引き払いました。ところが、そのプロジェクトが中止になってしまって。帰る家もないし、東京に戻る必要はないんじゃないか。これまで行きたかったけど行けなかった場所、やってみたかったけど足踏みしていたことをやるタイミングなんだと考えました。

そんなとき最初に浮かんだのが、SCFの田中さんです。カミーユを呼んだ田中さんなら、絶対に面白いことをしていると思って香川まで会いに行ったら、これからどんどん新しいことが始まっていく印象を受けて。よし瀬戸内にいこう、と2019年に香川県に移住しました。

——ほとんど馴染みのない土地への移住に加え、エンターテイメントが数多くある東京とは離れた場所へ。生計を含めた生活への不安はなかったのでしょうか。 

「練習場所は絶対にある」って田中さんが言ってくれて、他に心配することはなかったんです。楽観的ですよね(笑)。練習ができて何か良いものができたら、それを使ってどうにかなる、なんとかできると思っていました。実際に香川で活動してみると、練習場所に加え、新しいことにチャレンジする機会や、パフォーマンスの場を想像以上にいただけました。

——2019年から一年近くは、一人で練習されていたんですか?

そうですね、でも最初の一年はフランスやフィンランド、福岡に滞在しながら作品に出る期間があったので、ずっと香川にいるわけではなかったです。一年を通して香川にいたのはコロナ禍以降。この一年で、初めて香川の季節の移り変わりを知りました。冬は思ったほど寒くないし、一年を通して穏やかな場所ですね。いつも「さわさわさわ」っていう感じの海とか。

2020年YonaYonaサーカスより/写真提供:SCF

——2020年を振り返ってみていかがですか?

公演「YonaYonaサーカス」は回を重ねるごとに仲間が増えているような感覚でした。5つの会場を回りましたが、各会場の場所の力もお借りできたと感じています。それぞれに雰囲気が異なり、良いところがあって、場によって集まる人が変わりました。各会場に近い方やその場所が好きな方が来てくれたり、他の回を観た方、手伝ってくれた方が別の会場にも足を運んでくれたり。場所ごとに創作することも面白かったです。

パフォーマンス後のアフタートークでは、思いがけない質問や率直な感想、「こういう風に見えた」と伝えてくれるお客さんがいて、観た人が自由に何かを感じてくださっていました。現代サーカスには余白があって、そこに自分の感情を乗せていろんな見方ができます。そうやって見た人が自身の物語として受け入れて、そこから会話がうまれたらといいなと思っていたので、すごくうれしかったですね。

 ——今日練習していた新しい器具 “ムービングキューブ(仮称)” は、吉田さんが考案したんですよね?

はい。立方体の支柱による “キューブ” と呼ばれる器具を3年以上使っているなかで、「もっと違う動きをしたい」「不安定な面があったら面白い」「自分の身体をこう動かしたい」っていう思いが出てきて。お世話になっている高松の槙塚鉄工所に相談したら、「まずは好きな形を考えて、模型を作ってみて」と言われ、ゼロから自分で考えました。模型を見た職人さんからアドバイスを受けながら進めて、2021年2月に完成したばかりです。実際に使うまでは、本当に使えるかどうかもどうかもわからない、チャレンジングな取り組みでした。

ムービングキューブでいろいろな動きを試す吉田さん

——この不思議な形は、どのように辿りついたのですか?

動かしたときに形が変わる、そこに身体を合わせたときにどうなるのかを考えて製作しました。手持ちのキューブとは支柱の重さや太さを変えてもらって、体重をかけるとコロンと動いて形が変わることを追及しています。使ってみてから気づいたことですが、動かすことで複雑に変化する影も面白いですね。キューブを使うと、支柱によって視覚がフレーム化されるのか、お客さんがよりフォーカスして観てくれる印象があります。新しいキューブがどんな風にお客さんの目に映るのか、それも楽しみです。

——ムービングキューブでの練習を拝見していると、様々な動きを試し、それを動画に撮ってチェックして、また少し動きを変え、再びチェックして——と、ゼロから創作するのって、地道な作業の繰り返しなんですね。

すごく地味ですよね。サーカスは器具を使うことが多いですが、自分の身体をどう合わせるのかを探り、器具と対話しないとどんな表現や動きができるのかわかりません。一見地味な作業を繰り返していくのですが、この時間こそが面白いです。少しずつしか進んでいませんが、この器具とはだいぶ仲良くなってきました。新しいキューブは安定する面がすごく限られていて、ワクワクしながら探求しています。半年近く練習し、2度ほど人前でパフォーマンスしました。親密度は60%くらいかな。

(▲ムービングキューブ練習の様子2021年2月)

——いつでも使える練習拠点があることで、どんな影響がありますか?

普通に考えたら、こういった器具を置く場所ってなかなかありません。練習の度に組み立ててばらすって、結構な労力なんです。器具を置かせてもらえることで時間を有効に使えたり、時間をかけてじっくり創作できることは大きいです。東京だと一時間単位で会場代が発生し、時間になったらすぐに出なくちゃいけない。時間の制約がないことで、器具をただ眺めてじっと考える時間も増え、創作の向き合い方が変わりました。

東京にいる時は練習が特別なものというか、「さぁ練習するぞ」と切り替えが必要でしたが、香川では練習が日常になり、自然と気持ちや感覚、視野が広がりました。2020年には3人のアーティストが香川に移住し、体育館に来れば誰かがいます。自分とは違う練習をしている様子が見られるし、私の器具を触って動いてみたり、意見をくれることもあります。それぞれジャンルが違うから、器具の動かし方やものの見え方が違うんですよね。これはすごく刺激になっています。

三豊市の練習拠点では、他のアーティストたちも各々練習に取り組む

——吉田さんは、いつもどのような思いでパフォーマンスや創作をされていますか?

現代サーカスを観る、という文化が醸成してきている実感がありますし、そこに関われていることが幸せです。「観た人にこういう気持ちになってほしい」っていうものはありません。楽しいとか、頑張ろうとか、何かを思い出したとか、なんだかよくわからない気持ち……いろいろあると思うんですが、心が動くと、日々に新しい色が増えて、鮮やかになっていくと思うんです。そんな風に、観た人の心が少しでも動く作品を創り続けていきたいです。

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SCFのアーティストたちが輝く時間の奥には、日常的に、かつじっくりと創作に向き合える環境がありました。次回は、吉田さんの約1年後に香川に移住したSCFのアソシエイト・アーティスト、長谷川愛実さんにお話をうかがいます。

吉田亜希
群馬県出身。幼少期から体操競技を始め、大学卒業後はエアリアル、ダンス、演劇等の様々な身体表現を学び、エンターテイメントの世界へ。浜崎あゆみ、郷ひろみ等のアーティストライブやTVCM、MV、演劇舞台、シルク・ド・ソレイユアーティストバンク登録などを経て、現代サーカスの道へ。日仏合同作品「空知遊覧」、横浜パラトリエンナーレ、SCF LaVigneフランスツアー、ながめくらしつ等に参加・出演し、国内外で活躍する。インストラクターやコレオグラファーとしても活動する。瀬戸内サーカスファクトリーアソシエイト・アーティスト。
Aki Yoshida Website瀬戸内サーカスファクトリーホームページ

小林繭子

瀬戸内通信社 編集長/ライター、コピーライター:愛知県出身。12年ほど東京で暮らし、2016年に小豆島、2019年に高松へと移り住む。ライティング、IT企業営業事務、広報サポートなど、気持ちの赴くままいろいろ。豊島美術館、李禹煥美術館が好き。

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