私の場合は、ヴィーガンだった

高松市牟礼町にある「精進カフェ宙 sora」は、オリエンタルヴィーガンの料理を提供するカフェ。オリエンタルヴィーガンは、動物性の食材を一切使わないヴィーガンの中で、さらに五葷(ごくん:ニラ、ニンニク、ラッキョウ、ネギ、アサツキまたはタマネギを指す)を取らない人たちのことです。

店主の稲垣さんは、ご自身がオリエンタルヴィーガンではあるけれど、「自分の生活や身体に合ってるから、そうしてるだけなの」と、そのスタンスはとてもゆるやか。稲垣さんに、お話を聞いてみました。

——稲垣さんはベジタリアンからスタートしてヴィーガン、オリエンタルヴィーガンと変化してきたそうですが、最初のきっかけは?

もともとは野菜が苦手で、静岡で暮らしていた20代前半ではお菓子やジャンクフードばかりを食べていました。でも、当時よく行っていた自然派化粧品を扱うお店の人から食肉にまつわる情報、地球環境や動物のことを教えてもらっていて、ベジタリアンやビーガンの知識は少しあったんです。

そんなベースがあったなかで出会ったパートナーがベジタリアンで、いろいろと聞くうちに興味を持ち、身体に良さそうだしとベジタリアンを始めたのが2000年頃です。当時は全く料理をしておらず、外食メインで、サラダだけを注文したり、数少ないベジタリアン向けのお店に行ったりしていましたね。

——今のように料理をするようになったのは?

パートナーと共に和歌山の龍神村へ引っ越してからです。村の中には食事をするところがないから、自分で作るしかないぞと(苦笑)。そして、和歌山への移住をきっかけに、ベジタリアンからヴィーガンへ移行しました。

——そうだったんですね。ベジタリアンとヴィーガンの違いってなんでしょうか。

ベジタリアンはさまざまなタイプの菜食主義者の総称で、卵や乳製品などの動物性食品も食べる人たちを指します。ヴィーガンは動物性食品を取らないことに加え、「何を食べるか」以上に、毛皮や革製品を使わないなど、「どう生きるのか」にフォーカスしています。

——ヴィーガンは、日々の選択において動物の命を考える生き方だということでしょうか。

そうですね。私は和歌山で暮らすようになってから、動物性食品を取ることと革製品を使うことをやめ、動物にまつわるものから距離を置きました。その時がヴィーガンになったタイミングです。

——何をきっかけにそう考えるように?

一番の理由は、当時とってもかわいい犬や猫と一緒に暮らし始め、彼らの命について考えるようになったことです。ある時から、自分と動物は生き物として何が違うのかと思うようになって……過激な言い方だけど、自分の肉体とスーパーのお肉に違いはあるのかと。なるべく殺生しない生き方を考えていたら、それがヴィーガンの思想だったんです。でも、完璧にというよりは「できる限り」という感覚をずっと大事にしています。

——ベジタリアンからヴィーガンの食事への移行はどうでしたか?

そんなに大変ではなかったです。子供の頃から卵が苦手だったのもあり、私の身体にはヴィーガンが合っていたんじゃないかな。そして、厳しく線を引くというよりは、食べたいと思ったら食べてみて、「これは今の私には必要ないものだ」と確認を重ねてヴィーガンに移行しました。「我慢して変えた」というふうにはしたくなかったんです。

——その後、和歌山を離れて香川に移住されたのは、どうして?

パートナーと別れて和歌山を出ることになったのですが、行く場所がなくて。たまたま知り合いが香川にいて、「こっちに来てみたら」と軽く声を掛けてくれたのを鵜吞みにして、それだけで香川に引っ越しました。知人はその人だけだったので、「ほんとに来たの?」って驚いたと思います(笑)。

——香川に来てから「精進料理カフェ宙 sora(以下、宙)」を始められたんですよね。

そうです。香川に来たものの、仕事を決めてなくて。どうやって食べていこう、何とかしなくちゃと思っていた時にカフェだった物件が空くと聞いて、飲食の経験もないのに手を挙げました。今思うと、恐ろしいですよね(苦笑)。

当時は「やります」と言った後で「やるって言っちゃった!」と必死でした。親にお金を借りて、自分で壁を塗ったり、床を張ったりしてなんとかお店を作り、一カ月だけですが(笑)、飲食店でホールのアルバイトを経験するなどして、お店をオープンしたのが2016年の10月です。

——和歌山での稲垣さんはヴィーガンでしたが、香川でお店を出すにあたり、さらに厳密な「オリエンタルヴィーガン」を提供することにしたのは、どうしてですか?

まず、当時の香川にはヴィーガン向けの食事を出すお店がなかったのもあり、ヴィーガン料理を提供すれば、ベジタリアンやヴィーガンの人に会えるんじゃないかと考えたんです。そして、オリエンタルヴィーガンは、精進料理と同じ。「お遍路さん」が訪れるこの地で精進料理を出してみたい、お役に立てるかもしれない、という思いもありました。

オリエンタルヴィーガンの料理は、挑戦でもありました。玉ねぎやニンニクを使わないなんて、味気ないんじゃないかと不安だったんです。でも、いろいろと試していくうちに、野菜そのもののおいしさや旨味をどうやって引き出すのかがわかってきて、これはいけるぞと思えました。そうやって、お店を始めるのを機に、私自身がオリエンタルヴィーガンに移行しました。

——ランチプレートをいただいていると、それぞれの料理の食感や多様な味わいが楽しく、「これはどんな味がするんだろう」、「なんの野菜だろう」と一つひとつの料理に向き合い、じっくり味わう時間になりました。メニューはどのように組み立てるのですか?

ベジブロスの元になる野菜も含めると、20種類以上の食品を取ることができる

仕入れる野菜を事前に決めるのではなく、農家さんが今育てている野菜、つまり地の旬のもので組み立てています。なので、メニューが決まるのはいつも直前です。最近おいしさが際立っているのがほうれん草。茹でて塩とごま油で調味をしただけで、ほうれん草そのものの味がよくわかると思います。メインには、大豆ミートを使用することが多いです。

違う食感や味わいのものを組み合わせることで変化を作ったり、「ベジブロス(野菜くずで作るだし)」を活かしてコクを出したりと、五葷を使わず、植物性食品だけでも満足できるように心がけています。一つひとつはシンプルに調理していますが、季節の野菜と味付け、調理の組み合わせで無限に広がっていきます。昔野菜が苦手だったので、難しい味わいの野菜は蒸してからソテーするなど、ひと手間加えておいしさを引き出すようにしています。「どうしたら食べやすいかな?」と考えるのが楽しいですね。

——酵素玄米ってすごくもちもちしていますね。一見「少なそう」と思ったのですが、意外とちょうどいい量でした。どうやって作るんですか?

圧力なべで炊いてから保温器で保温をして、3日以上経過したら完成です。私が好きな状態は保温から4、5日後くらい。品種だけでなく、作る人によっても味が大きく違います。白米より栄養価も満足感も高いですが、なにより味として好きですね。お店で提供しているランチは、私のいつもの食事をそのまま再現しています。

――お店がスタートしてから6年、以前よりヴィーガンの認知は広がっていると思いますが、この間にどんな変化がありましたか?

オープン当初はまず言葉を知ってもらおうと、お店の説明では「ヴィーガン」という語をわざわざ使うようにしていたのですが、雑誌などに掲載されるときには「一般的じゃないから」と別の言葉で表現されることが多かったです。

そういえば、最初のうちはベジタリアンやヴィーガンについて、どんなお店か、どんな考えなのかを積極的に発信していました。今考えると、どんな人が来るのかわからない不安から、自分を守るために発信していたようなものでした。書いたことを読んで、興味を持ってくれた人が来てくれたらいいなと思っていたんです。

——お客さんを絞り込むための発信だったのですね。今はどうですか?

徐々に発信をしなくてもいいようになったのは、どんなお客さんが来ても今は対応できるようになったからだと思います。常連さんに加えて、新規の方やたまにふらっと寄ってくださる方も増えてきました。開店当初のお客さんとの密なかかわりから少しずつ変化していて、今が一番心地いいと感じています。

心地よく働いていたら、自然とお店の雰囲気が良くなって、きっとお客さんも心地よくなるんじゃないかな……。なので、お店をやるにあたって、自分が楽しめるにはどうしたらいいのかはいつも頭にあります。

——お店には、どんな方がいらっしゃいますか?

ほとんどがノンヴィーガンの方です。魚は食べるけどお肉が食べられない方、卵や乳製品アレルギーの方、意外と多いのが五葷が苦手な方です。また、健康のため、興味があって、という方もいらっしゃいます。常連さんのなかには、近所のおじいちゃんもいるんですよ。

——お店で感じるのは、強い主張ではなくヴィーガン料理どうですか、おいしいですよ、というふんわりした空気感で、ノンヴィーガンの私でも気軽に訪れ、楽しむことができました。稲垣さんのスタンスは、ずっとゆるやかだったんですか?

私がヴィーガンになったのは動物の命を考えたことがきっかけですが、食肉にまつわる地球環境への影響など、いろんなことを勉強して「ヴィーガンやベジタリアンであるべき」と思ってしまっていた時期もありました。

——そんな時期もあったんですね。食べ物と環境の関係では、どんなことに注目していますか。

一番懸念していることは、人間の食べるスピードに合わせて効率よく大量に育てて捌いて食べるということでしょうか。具体的には牛肉が地球環境への負担が大きいとか、飼料の大豆を人が食べる分にまわせば飢餓がなくなるという考えです。かといって、みんながヴィーガンになればいいと思っているわけではありません。そうすると、また偏った弊害が生まれてしまいます。難しいですよね。だから、今は「こうあるべき」というのはないと思っています。

——食べ物と環境の関係性は少しだけ知っているのですが、どうしても実感が希薄なのか、自分がおいしいと思うもの、食べたいものを優先してしまっているのが正直なところです。でも、自分の今の選択が少し先の環境を作っているんですよね……。

食べているものが何にどう影響を及ぼすのかは知っているといいとは思いますが、食べるものは各々が決めていくこと。その中で宙のごはんを食べて、新たな気づきや何かのきっかけになればうれしいです。普段はまったく意識してないけれど、こうやって話していると、私ってヴィーガンなんだなって思います(笑)。

昔、親しい友人から「一緒に食事にいくとき、ヴィーガンに合わせてお店を選ぶことになっちゃう」と言われて、はっとしたことがありました。違いのある人が共存して楽しく過ごすには、専門店が増えるというよりは、さまざまな制限に対応できるお店が増えることが大事だと思っています。宙では肉や魚は提供しませんが、グルテンフリーの対応は可能にしています(要事前予約)。ヴィーガンの人、そうではない人、アレルギーのある人など、みんな一緒に、楽しくおいしい食事ができる場所を続けていきたいと思います。

稲垣 希
1973年静岡県生まれ。静岡ではベジタリアン、和歌山ではヴィーガン、香川ではオリエンタルヴィーガンと、住処を移すタイミングで変化しながら、心地よさを大切に暮らしている。休日の楽しみは、ヴィーガンのお店や温泉をめぐる旅に出ること。お気に入りの本は佐藤初女さんの「おむすびの祈り」。

精進カフェ宙 sora
オリエンタルヴィーガンのランチやスイーツを提供しているカフェ。ランチは週替わりで、季節の野菜ポタージュスープ、野菜と大豆ミートによるメインと副菜のプレート、酵素玄米のセットで1500円(税込)。1日12食限定の予約制となっています。事前に連絡すれば、グルテンフリーの対応も可能です。メニューについてはInstagramで発信しています。ことでん八栗駅から徒歩4分。

香川県高松市牟礼町牟礼2500-2
・087-808-8800
・不定休(Instagramでご確認ください)
・予約制(電話かSNSのDM)
・テイクアウト可能(予約制)
・営業時間 11:00-14:00(L.O.)

瀬戸内通信社 編集長/ライター、コピーライター:愛知県出身。12年ほど東京で暮らし、2016年に小豆島、2019年に香川県高松市へと移り住む。ライティング、IT企業営業事務、広報サポートなど、気持ちの赴くままいろいろ。豊島美術館、李禹煥美術館が好き。

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