つくるふたり おいしい往復書簡 6通目:湯がいたほうれん草

香川の農家さんと京都の料理家さんで交わされる食材とレシピの往復書簡、6通目。料理家・庄本さんから、農家・香川さん宛に返事が届きました。(5通目 ほうれん草の記事はこちら

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香川さんこんにちは、庄本です。焼きオクラの胡麻和えを作ってくださってありがとうございます。煮切りみりんなんて、なかなかやってみる機会もないですよね。シンプルな料理こそ、そんなひと手間がじんわりと効きつつ、味を決めてくれるのではないかと思います。

今年は暖かかったですね。寒がりの私には過ごしやすかったですが、農家の友人は、この暖かさで葉物に虫が付いてしまったと嘆いていました。香川さんの畑は大丈夫でしたか。これからの冬野菜たちが、のびのび育ちますように。

今回も新鮮で美しいほうれん草をありがとうございました。大きく、太さもしっかりありながら、茎も葉も食べやすい柔らかさ。出荷される直前まで、香川さんが丁寧に手を掛けているのが感じられました。

好きな冬野菜を聞かれたら、「ほうれん草!」と答えるほど、私は祖母が育てたほうれん草を沢山食べて育ちました。ちょっと小腹が空いた時には、フードカバーの中の茹でたほうれん草にマヨネーズをかけておやつにしていました。冬の間にほうれん草をたくさん食べられたのは、祖母が数回に分けて種を撒いてくれていたからだったんだと、香川さんのお話から気が付きました。

ずっと実家のものを食べていたので、スーパーで売られているほうれん草を食べたのは、一人暮らしを始めた大学生になってからです。茎や葉が弱々しく細かったり、湯がいても根の部分がピンク色にならないなど、今まで食べてきたものとはいろいろと違いがありました。一番驚いたのは、根元に土が入り込んでいないことです。実家のほうれん草は水洗いでは取りきれないほど土がついていたので、湯がいて土を落としたものがよく食卓に並びました。今でも実家の土付きほうれん草がぞくぞく送られてくるので、茹でて食べることがほとんどです。

さて、今回のメニューは「湯がいたほうれん草」。一番簡単な調理方法だと思われがちですが、侮ることなかれ。湯がくだけでも、ほうれん草は奥が深いのです。

香川さんも「ほうれん草は繊細でわがまま」と仰っていますが、料理の場面でも、とても気を使う野菜だと思います。物が当たると葉に跡がついたり、少し目を離しているうちにお湯の中に色素が沢山抜けたり、湯がきすぎてしまったり…なかなか気が抜けません。そんな乙女のようなほうれん草だからこそ、しっかり見て料理してあげると、主演女優級のレディーへと輝きます。

まずは、ほうれん草がゆったり入る鍋を用意します。ほうれん草をそのまま入れても葉が鍋肌に当たらないような大きさの鍋がベストです。たっぷりの水を鍋に張り、お湯を沸騰させている間に、ほうれん草の根元を少し切っておきます。鍋のお湯を一度沸騰させたら、水面がゆらゆらとなる位まで、目で確認しながら火を弱めます。

ほうれん草の葉を整えて葉先を持ち、茎の部分をゆっくり動かしながら湯にくぐらせます。茎の色が変わってくるのを確認したら、葉の部分をすっとお湯に落とします。根元のあたりに菜箸をひっかけて、全体が湯に浸かるようにゆっくり泳がせてください。

先程切った根元の道管部分からポツポツと空気が出てきているのがわかると思います。その勢いが遅くなってきたり、動かす菜箸にかかる茎の重さが軽くなるような変化を感じたら、菜箸でほうれん草を引き揚げます。

冷たい水を張ったボウルにほうれん草を入れ、茹でた時と同様、菜箸で根元を持って数回泳がせ、まとまった熱を冷まします。ほうれん草の全体が水の温度と馴染んだのを手で確認したら、冷めるまで水の中で寝かせます。

完全に冷えたらほうれん草を引き揚げ、まな板やざるなどに形を整え、斜めに立て掛けます。水分が自然に流れ落ちるように、15分くらいそっと置きます。あとは、適当な大きさに切りそろえて完成です。今回は酢味噌をかけてみましたが、最初の一口はぜひ、そのまま食べてみてください。

この方法は、私が尊敬する料理家の先生方が実践されている方法です。一般的にはほうれん草を湯がいたら、手でギュッと絞って水気を取りますよね。はじめて先生方の方法を聞いたときは、これでは余計な水分が多くて味の薄いものになるのではないかと思いました。でも、実際に食べてみると、絞っていない分エグみが出ないので、茎の立体感とその甘さに気がついたり、葉のふくよかさや、表面の滑らかな舌触りがよく分かります。

口の中でじんわりと滲む水気は、ほうれん草が葉脈へ吸い上げた自然の水分を連想させ、湯がいた後もそのまま生きているかのよう。香川さんが手塩にかけて育てたほうれん草そのものを味わえると思います。

私はこの湯がき方がとても好きです。気持ちよさそうにお湯に浸かり、ゆっくりと休むほうれん草の姿を見ていると、いつのまにか私の方が癒されているよう。そんな時、一方的に料理を行っているのではなく、ほうれん草という生きものと、相互に関わって料理をしているような気持ちになるのです。
(文:庄本彩美、写真: 五十嵐邦之、編集:小林繭子)

庄本彩美(文)
1988年生まれ、山口県出身。料理家、「円卓」主宰。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。京都府在住。
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五十嵐 邦之(写真)
1989年新潟生まれ。フォトグラファー。京都造形芸術大学卒業。京都の制作会社にて約千組の結婚式を撮影。 2018年よりフリーで活動。現在は広告、WEBを中心に写真と映像で幅広く活動中。
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つくるふたり おいしい往復書簡
1通目 サニーレタス
2通目 サニーレタス焼
3通目 オクラ
4通目 焼きオクラの胡麻和え
5通目 ほうれん草

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