旅するように、地元を楽しむ:1. 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館

旅するように、もっと地元を楽しめるんじゃないか。ふと思い立ち、県内の気になるスポットをめぐり始めた。

この数カ月、コロナ禍で休館していた施設は多く、観光客の戻りはゆるやか。観光は厳しい状況になっているようだ。また、多くのエリアで自粛は解除されたものの、まだまだ県外へ遠出しにくい人も多いのではないだろうか…。そういえば、身近な観光スポットにはいつでも行ける気がして、足を運べていないまま。身近な場所を楽しむことで、結果的に自分の住む町が元気になるんじゃないか。そんな思いで街中からちょっとだけ遠くへ。今回は高松駅から電車で30分ほどで行ける丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(以下、MIMOCA -ミモカ-)へ。

エントランスでは巨大な作品が出迎えてくれ、美術館に入る前からときめく。1年3カ月に及ぶ改修工事を経て、6/2にリオープンしたばかり。誰もが気軽に美術にふれることができるように、という猪熊氏の思いから、MIMOCAはふらっと立ち寄れるようにJR丸亀駅すぐに立地。保護ガラスなどを設置せず、作品をありのまま鑑賞できるようになっていて、館内は写真撮影可能(作品によっては制限有り)。入館してみると、自然光をふんだんに取り入れた美しい空間が、一瞬でアートの世界へスイッチしてくれる。

階段をのぼり、2階の常設展へ

まずは常設展「猪熊弦一郎回顧展」へ。猪熊氏が18歳で上京する頃の写実的な自画像から始まり、パリに滞在してピカソやマティスに影響を受け、思いがけず20年滞在したNY時代、日本に戻り、ハワイを行き来するようになる…といった流れに沿った絵の変化を楽しめる。MIMOCA開館時に美術館の空間に合わせて制作された、高さおよそ4メートルにも及ぶ2つの絵画《宇宙都市休日》(1991)、《手の残した言葉》(1991)は見どころの一つ。スケールの大きい作品を楽しめるのは、広大なスペースを持つMIMOCAだからこそ。贅沢な空間で作品に近づいてみたり、少し離れて座って鑑賞してみたり。ここでしか味わえない、特別な時間が流れる。

高さおよそ4メートル。是非実物でそのスケールを味わってほしい。《手の残した言葉》1991年

アート鑑賞が昔は苦手だった。何をどう楽しめばいいのかわからなかったからだ。美術館に行くようになった最初の頃は、写実的な美しいものは素直に楽しめていたけれど、抽象的なものやコンテンポラリーな作品は苦手だった。美しいものは、わかり易い。でも、苦手ながらに回数を重ねることで、答えに出会えなくとも「よくわからない」と考え続ける時間や、「きっとこんな感じのことをイメージしていたんじゃないか」という想像、いろいろ考えたけどどういうことなのかしら、という疑問を学芸員さんに質問してみてわかることなど、楽しみ方は広がった。

自然と美術館に足を運ぶ機会は増え、ときには「この展示がみたいから」と小旅行に行くこともあった。瀬戸内もその一つで、初めて訪れたのは10年ほど前だ。そして瀬戸内へ定期的に訪れるようになり、暮らすことになったのだから、人生というのはわからない。

吹き抜けの3階へ

3階に上がれば、ガラス越しの丸亀の町を背景に、作品たちを俯瞰して楽しむことができる。この広い空間自体が、味わい深い。2万点にも及ぶ猪熊氏の絵画やコレクションの寄贈があり、常設展といえど年に数回展示替えをするのだそう。季節が変わる度に訪れてみたい。

続いて企画展、「猪熊弦一郎展 アートはバイタミン」へ。NY生活の長かった猪熊氏が「ビタミン」を発音すると「バイタミン」。猪熊氏は「美術館は心の病院」としている。気軽に立ち寄り、美しい空間で作品に触れ、心が元気になる場所が美術館である、と。

入口すぐには自宅のリビングキッチンがそのまま再現され、キッチン横の棚には猪熊氏のコレクションが大切に飾ってある。ちょっとしたもの、でも自身にとっては大切なものを、日常の中で愛しんでいた様子がうかがえる。この場所には友人やアーティスト仲間が頻繁に集まっていたのだとか。

奥へ進むと、高さ5.3メートルにも及ぶ巨大な作品が現れ、驚く。こちらは、香川県庁にあるパブリックアートの原寸大レプリカ。日常にアートがあるということ、それが自然に私たちの心を豊かにしていること。そういえば、丹下健三氏建築の香川県庁舎も、耐震工事が終わったら行こうと思ったまま今に至っている。実物の猪熊氏の作品も観たいし、今度行ってみようか。行きたい場所が、一つ増える。

試行錯誤しながらこの作品に取り組んでいた様子がわかるスライドショー
アートが日常にあることで生活スタイルが変化したというY氏邸の様子とその絵

開放的なカフェで味わう屋外のアート

企画展を出て、そのまま併設のカフェへ。太陽の光を浴びながらおいしいものを食べ、伸びやかな空と共に屋外の作品をゆったりと楽しむ。過ぎる時間を味わうようなこの時間が、じんわり心を満たしていく。この時間の前で、私の心は日々のあれこれから解き放たれて、なんだかすごく自由な感じがした。

カフェを出て、屋外の階段から一階に戻る。吹き抜ける風、開放的で美しい空間。MIMOCAは「世界で最も美しい美術館をつくる建築家」と評される谷口吉生氏による建築で、完成には猪熊氏との対話が活かされている。猪熊氏がこだわったのはとにかく広くて大きい、ということ。訪れた人が五感を全開にしてアートを楽しみ、豊かな時間を過ごせるようにと考えられた空間はとても心地よく、美しい時間に。

ふらっと訪れてみたら、いつの間にか半日も過ごしていた。そうか、こんな時間を求めていたんだ。どこかへ遊びに行こう、心に栄養を。そんな気持ちをどこかに忘れてきてしまっていた。壮大な空間の中で、ゆっくりと心に「バイタミン」。美術館は雨の日だって楽しいし、雨の日にしか見られない美しさに気づくことができる。梅雨シーズンの今こそおすすめの場所だ。
せっかくの旅気分、帰りは丸亀の商店街も是非楽しんでみてほしい。電車で街中から30分、心はもっと遠くまで連れ出せた気がします。
(取材協力:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
香川県出身の画家、猪熊弦一郎氏の「美術館は心の病院」という考えを具現化した、猪熊氏プロデュースの美術館。「人々が気軽に立ち寄り、心を豊かにする場所に」という思いが込められている。より多くの人に楽しんでもらえるようにと、今回の改修工事でスロープ、手すり、多目的トイレ、授乳室などの拡充を実施。あらゆる世代、さまざまな人が思い思いにアートを楽しめる美術館です。新型コロナウイルス感染症対策について、必ずこちらをご一読の上ご来館ください。
香川県丸亀市浜町80-1(JR丸亀駅下車、南口より徒歩1分)
TEL:0877-24-7755

<利用案内>
◇開館:10:00-18:00(入館は17:30迄)
◇休館日:月曜(祝休日の場合は直後の平日)、12/25-31、臨時休館日
◇企画展「猪熊弦一郎展 アートはバイタミン」9/22まで:一般950円 大学生650円(同時開催常設展含む)
◇常設展「猪熊弦一郎回顧展」9/22まで:一般300円 大学生200円
※高校生以下または18歳未満の方、丸亀市内在住の65歳以上の方、各種障害者手帳をお持ちの方(ご本人と同伴の介護者1名)は、観覧料が無料。ご来館の際にはそれぞれ証明する書類(生徒手帳、長寿手帳など)を1階受付にてご提示ください。

*記事の内容は、掲載時点のものです

◆シリーズ 旅するように、地元を楽しむ
1.丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
2.四国村
3.中津万象園

瀬戸内通信社 編集長/ライター、コピーライター:愛知県出身。12年ほど東京で暮らし、2016年に小豆島、2019年に香川県高松市へと移り住む。豊島美術館、李禹煥美術館が好き。

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